新年明けましておめでとうございます

今年もよろしくお願いします。
今年も皆様にホームページが少しでも役に立てたらいいなと思いながら更新していきたいと思っています。
2003年 1月 1日

今年初めては生まれて初めて

前からルーマニアで一度は食べてみたいものがありました。それは、「キャビア」です。こちらでキャビアが食べたいというと、そこら辺に売っている「イクレ」というものを買ってきます。キャビアはイクレだとみんな言います。このイクレはコイのタマゴです。何度も食べましたがそれなりの味です。(うまいともまずいともいいません。)そうではなく本当のキャビアが食べたいとずっと思っていました。どこへ行ってもこのキャビアは売っていません。それが今日、実現しました。やっと売っている店を探しました。そこでキャビアを買ってきました。「キャビア、ベルーガ」です。
なにしろ初めて食べます。食べ方が分かりません。はじめはスプーンでそのまま頂きました。初めて食べた感想は、「うまい」です。この味をなんと表現すればいいのか分かりませんが、「いくら」をもっと高級にして、くせをなくした感じです。よくテレビでビスケットにのせて食べているのをみましたので、パンにのせて食べてみました。やはりこれが一番おいしいです。程よい味でキャビア自体をまろやかにしています。

今年の始まりとしては一番いい形になりました。買ってきたキャビアですが、100g約3500円です。安いのでしょうか?高いのでしょうか?毎年、正月にはいただきたい一品になりました。来年は「ベルーガ」と「セブルーガ」を食べ比べて頂きたいと思っています。
2003年 1月 5日


久しぶりの雪

昨日から雪が降り続いています。今日の朝、外を見てみると相当な量が降ったのがわかります。車が、雪の彫刻みたいに全て雪で覆われた車の形をしています。きれいといえばきれいなのですが、最近は雪が降ると楽しくなるよりも、憂うつになります。雪かきはしないといけないですし、車が道路に出られるかどうかも確認しないといけないですし、何かと仕事が多くなります。
前はそれも楽しみの1つだったのですが、今はもうそんな事も言っていられません。きっと雪国の人はこういう思いをして冬を過ごしているのだなと今、分かりました。去年と今とでは、気持ちが180度違ってきました。もうこれ以上降らないで欲しいと、今は思っています。

もう1つ発見した事があります。それは、長男は「雪が怖い」という事です。外に出ると途端に動かなくなってしまいます。雪を手に取って見せると怖がります。雪が怖いのか、それとも自分の背丈よりも高い白い物体が怖いのか、そのどちらかでしょう。今は少しずつ慣れてきてはいます。家の中では何事も長男が一番ですが、外はもっとすごい事があると勉強しているのだと思います。

久しぶりの雪での、我が家の出来事でした。
2003年 1月 6日


マイナスの世界

今年に入り日中の気温がプラスの日が2日ほどありました。道路の雪は融けて、氷のところはつるつるになり、歩くのが大変な日でした。
その日のニュースで、ここニャムツ県の事が放送されていました。ロマン-ピアトラニャムツ-ビカズと行くとダムがあります。そのダムに流れ込んでいる川での事です。いきなり暖かくなったので雪や氷が融けてそれが川の氾濫を起こし、家が流されたり、そのまま流れて行った人もいるということでした。1人は木の根の所に引っかかって、そのままの状態で固まっていました。(映像を放送していました。)4人行方不明ということで、後の3人は見付かっていないということでした。

今は、また毎日最高気温がマイナスの日が続いています。積もった雪が融けることはないので、すべる事もなく砂の上を歩いている感じです。
2003年 1月 8日


我が家のお坊ちゃま(長男)の行動

最近、私がパソコンでマウスを動かしている事や、キーボードをたたいているのを見て、自分もしてみたくなってきています。私のひざの上に乗ってきてマウスを動かそうとしています。一人前にパソコンの画面を見てそれらしい動きをしています。これがなんともかわいいのでそのままやらせていました。しかし本当にパソコンの画面のマウスを動かしてクリックされると私も困ってしまうので、ダミーのマウスを1つ用意しました。(予備のマウスを接続せずに用意しました。)私のひざの上で一生懸命マウスを動かしています。
毎朝、私の手を引っ張っていき、パソコンがしたいと訴えています。私と子供しか判らない会話で毎日少しの時間、パソコンで遊んでいます。今は、「う~、あ~、い~、だ~、ムニャ、アニュ、アニャ」など、私にしか判らない言葉で話しています。これがもう少しするときちんと話せるようになるのだと思っています。私の言っている事は全て判っているみたいです。日々、全てのことに興味を持ってそれを自分のものにしようとし、知識を吸収している姿は、見習わないといけないものがあります。よく食べて、よく寝て、よく話して、何にでも興味を持って、弟たちをかわいがって、なんていっぱいは言いません。1つでも何か得られればそれでいいと思っています。私もこうして育ってきたのかなと、思っています。

子供を育てるのは大変だと言いますが、その分、楽しさ、面白さ、充実した日々を過ごせます。妻と、「もう一人、子供を作ろうか。」と話しますが、妻は、「・・・・」という返事です。私も大変さは判ります。したがって今後は5人家族がしばらく続く事が決定しています。今は早く次男、三男が一人で歩けるのを待っているところです。(まだまだ先ですね。)
2003年 1月11日


パリンカの味

最近飲むお酒は、パリンカです。前はウヲッカのスタリンスカヤがおいしいと思い飲んでいました。もちろんおいしいのですが何か物足りなくなってきました。すっきりしすぎているというか、何の味も感じなくなってきてしまいました。くせがなく、飲みやすく、アルコール度数が強いのでおいしいのは間違いないのです。しかし、物足りなくなってきました。
そんな時にパリンカを飲んでみました。「パリンカ、ペレ(洋ナシ)」です。これがおいしく感じるのです。前から飲んで味は知っていましたが、おいしさを再確認しました。またこれが安物のプラスチックの容器に入っていて、そして安いのです。500mlで100円です。(スタリンスカヤは500mlで160円です。)今年からは、普段飲むお酒は、パリンカに切り替えました。
2003年 1月12日


里帰り

来月、日本に行く計画をしています。予定は2週間です。今から、さしみ、すし、てんぷら、うなぎ、豆腐、納豆、たくあん、白菜、魚系、しょうゆ、味噌の味が頭に描かれています。久しぶりに思いっきり満喫したいと考えています。特に魚は全て頂こうと考えています。
2003年 1月13日

我が家の懸案事項

私の家に普段使っていない部屋があります。もちろん照明やストーブはありますので、部屋としてはきちんとしています。そこに家具類をそろえようということにしました。なにかと使える部屋にしようという考えです。テレビとベットを置けば格好はつくと私は考えました。将来はここを子供たちの部屋にするつもりで考えました。妻はというと、テレビは同じですがベットではなく、ソファーを置きたいといいます。妻の言っているソファーはきちんとコーナーまでついた大型のやつです。こちらのソファーはほとんどが可動式になっていてベットにも使えるようになっています。普段はソファーにしていて、寝るときだけベットにするというものです。最初聞いたときはなかなかいいアイディアでなるほど・・・、とは私は思いませんでした。私は将来の子供部屋として考えています。子供にソファーは必要ありません。大きなベットの方が重要です。これに対して妻は誰かお客さんが来たときの部屋として考えています。プラス子供たちが眠るところという感じです。二人の意見が分かれてしまっています。
何かいい解決策はないかといろいろと考えました。何件もの家具屋でベットとソファーを見ました。どうしてベットがいいのか、どうしてソファーがいいのか、話しました。しかしお互いに譲りません。結局、結論は「後で考えよう。」という事にしました。日本の政治家の皆さんがよくやっている「問題の先送り」というやつです。(日本の政治家の皆さん、違っていたらごめんなさい。私はいつもそういう風に見ているもので・・・。)(これは間違った認識ですね。よく国会中継などで大臣などが答弁する時に、横からサっとメモ用紙を渡している方の上司の考え方ですね。)

これがなかなかすっきりしていい解決方法です。こうすると考えなくてよくなるのです。問題は解決していないのですが、考えなくなるので解決したように感じるのです。お酒を飲んで乾杯すればあと数ヶ月は何事もなく過ぎていくでしょう。いい解決方法です。

しかし数ヵ月後にはまた同じ問題を考えなければいけないのです。それは分かっています。子供が大きくなって自分の意見を言えるようになれば、家族5人で多数決で決めることもできます。これが一番良い方法なのかもしれません。私が子供部屋として考えているのですから、子供の意見を聞くのが一番いいと思います。この意見で数年先まで、この問題を先送りしてしまいましょう。この問題の良いところは先送りしても問題が大きくならないところです。無くても生活していけるのですから、あたりまえの話です。もし問題が大きくなるのであれば、今すぐにどちらかの物を購入するのが一番の解決策です。(私の意見を変えてでもです。)
最近の我が家の懸案事項でした。
2003年 1月14日


今年の冬は寒い?暖かい?

今年は温度の差がすごく激しい年です。昨日、最高気温がプラスになり雪解けになり暖かいと思ったら、今日は朝から冷え込んで全てが凍結したりしています。雪が融けて凍るので始末が悪いです。路面はツルツルです。去年は雪が相当積もってもそのままの状態であったので砂の上を歩いている感じだったのが、今年は、スケート場みたくに全ての道が滑りやすくなってしまいました。去年が雪が相当降ったのに比べて、今年は、寒暖の差が激しく寒い時は相当冷え込んでいます。
去年と今年で目に見えて違う事があります。それは、主要な道路の雪かきが完璧に行われている事です。国道はもちろんの事、町中のメインの道路には道路の片隅にも雪がありません。それくらい完璧に雪かきをして、さらに道路の端の黒くなった汚い雪も片付けています。これは何か上から指示があったのでしょうか。車でドライブしていても何も問題はありません。(去年は国道でさえも1車線しかつかえないところが多かったです。)

ニュースではブカレストは寒くて歩くのも大変だと報道しています。今年は寒さが厳しいとも言っています。私は、テレビの映像を見ておかしくて笑ってしまいました。日本でも東京に雪が3cmでも積もるとニュースとして流している事が、ここルーマニアでも連日、同じように流しているのが印象的に映りました。
2003年 1月17日


パリンカの味2

最近飲むお酒は、パリンカです。以前お話しました。「パリンカ、ペレ(洋ナシ)」を飲んでいるといる話です。これはおいしいと思います。もう1つおいしいパリンカがあります。それは「パリンカ、プルネ(プルーン)」です。この2つはおいしいと思います。味が割とすっきりしています。もし甘いのが好みでしたら、それ以外の種類もあります。前は、私は好きでしたが今は飲むとなんとなく口の中に残る感じが好きになれません。安いので一度は飲んでみる事をお勧めします。
少し高いですが「パリンカ デ ピエルシチ(桃)」というのもあります。これは、安物のプラスチックの容器では売ってなく、500mlのビンに入れて売っています。すごくいい香りです。飲んでも甘くなくすっきりしています。これもお勧めします。お土産にきっと喜ばれると思います。値段は500mlで120円です。
2003年 1月19日


クリーム ボンジュール

ラーマからクリーム ボンジュールという製品を出しています。私の家の密かなヒット商品です。チーズクリームの中に細かく刻んだ野菜が入っています。いくつかのピーマンを刻んだもの、きゅうりを刻んだもの、ねぎやにんにくなど青野菜を刻んだもの、の種類があります。4種類が発売されています。(もう1種類は中身が分かりません。)
これをパンにぬって頂きます。しつこくなくとてもおいしいです。私が一番好きなものは、きゅうりが入っているやつです。ピーマンが入っているやつは少し辛さがあります。青野菜が入っているのは、ほんのり特有の香りがあります。どれも微妙な味なので気にしなければ気にならないで食べられると思います。子供にはきゅうりの入っているやつが食べやすいと思います。マーガリンでもなく、チーズでもない、結構珍しい物なので一度食べてみてください。
2003年 1月20日


インターネット

今日、家の前にインターネットのプロバイダの車が止まっていました。何があったのか聞いてみると、私の家の接続速度を上げてくれるという事でした。今までは64kで接続していたのですが、今度は128kにしてくれるという事でした。もちろん追加の費用などは掛かりません。早速、アクセス先を変更してもらいました。
128kにしてどうなったかというと、「何も変わらない」というのが私の感想です。もっと早い接続を知っていますので多少早くなったように感じるだけです。しかし追加の費用もいりませんし、早いに越した事はありません。「ありがとう」と話しました。1ヶ月15ドル(電話会社は関係ないので、これだけでインターネットに接続できます。)で128kならば文句は言いません。ここロマンで一番経済的な接続方法です。絶対にお勧めします。
2003年 1月21日


教会へ

ペトルボダという所にある、教会に行ってきました。「旅行する」へ写真を掲載してあります。
2003年 1月24日

教会で

昨日行った教会で私たちのことを先生に話したら、「ぜんぜん良くない」という答えが返ってきました。今までどこの教会に行っても、どの先生も、「異教徒の結婚は問題ない」と話していました。それが今回は180度違う答えが返ってきました。「異教徒の結婚は問題ある」という話です。これには、とまどいとショックを受けてしまいました。
どうするのが一番いいのか、妻と話し合いました。妻は、クリスチャンに私がなるのが一番いいと話しています。もっともな意見で、何の異議も無いのですが・・・。これは、素直に妻の言うとおり改宗して、私がクリスチャンになればいいのだろうか。妻も子供もクリスチャンだから、私が変わればいいのだろうか。頭の中でぐるぐると考えが回っています。

結局、これは私は失礼にあたると思いました。

30年も、違う価値観、思想のなかで生きてきたものが、今日からクリスチャンですと言っても心の重さが違うと思います。実際に教会でお祈りしている人を見ると、厳粛な雰囲気と人々の思いが伝わってきます。何年も勉強してある程度わかったところで、きちんと先生の話がわかって、などいろいろな問題を解決した後なら改宗できるとは思います。簡単な話ではないと思います。考えれば考えるほど、どうすればいいのか分からなくなってきます。今の私の考えは、「宗教が違っても何も問題は無いのではないか。」と思っています。これは、これからずっと続く問題ですので、いつも心のどこかに置いておこうと思っています。
2003年 1月25日

生まれた!

生まれました。3700gの男の子です。とても元気だそうです。やはり男の子が生まれると嬉しいです。
もちろん私たちの事ではありません。義姉さんの子供の話です。妻が産んだ所と同じロマンの病院に行ってきました。前はエレベータに乗って5階に行けたのですが、今年からか分かりませんが、完全に行く事が出来なくなってしまいました。チップを渡しても受け取ってくれません。何か上から指示があったのだと思います。仕方がないので、病院の入り口を入って直ぐ右にある階段で5階まで行きます。(ルーマニア流の数え方なので実際は6階に階段で行きます。)ここからですと、5階に行く事は出来ます。しかし5階に行くと扉がありカギが掛かっています。小さな受付くらいの窓から、中にいる人に声を掛け義姉さんを呼んでもらいます。しばらくすると来ました。産んだばかりなのに元気です。必要なものを渡して直ぐに帰りました。旦那さんは男の子が生まれてとても喜んでいました。早く大きくなって私の子供と遊ぶ日がくる事を考えています。

あと少しで義妹の子供も生まれる予定です。今年は、大騒ぎの年の予感がしています。
2003年 1月28日


看護婦さん

ここロマンの病院に日本人の看護婦さんがいます。ジャイカ(JICA)から今月派遣されてきました。今日、お会いしてきました。とてもかわいい方です。やはり日本とはやり方から考え方から違うと話していました。ぜんぜん違うのでショックを受けているみたいでした。ルーマニアはこういうものだから、ストレスをためないで早く慣れてくださいと話してきました。また、ロマンの病院は汚いので、少しでも綺麗になるようにして下さいと話してきました。今後の彼女の活躍に期待しましょう。「応援していますよ。」
2003年 1月29日

病院から退院

義姉さんが病院から子供と一緒に退院してきました。私の家に来ました。いつも思うのですが、生まれた子供はこんなに小さかったのかと思います。私たちの双子が一回り大きく見えます。(もっと大きいです。倍の大きさです。)やはりかわいいです。泣き声も弱くてかわいいです。1年後の遊び相手が出来て、よかったです。
2003年 2月 2日

夜のぐずり

最近、次男、三男がぐずるようになってきました。夜になると「う~う~あ~あ~」言って泣くようになってきました。毎晩、子供3人を寝かすのに大騒ぎです。1人が寝るともう1人が騒ぎ出し、2人が寝ても1人が騒ぐとまたみんなぐずりだしはじめます。うまくタイミングよく静かにさせないといつまでたっても寝てくれません。大体のパターンは決まってきています。長男を寝かしつけ、それから次男、三男を寝かせるとうまくいきます。やっと今日もみんな寝てくれました。一度眠ると朝までみんな起きません。(時々4時ごろ起きる時もありますが・・。)さあ、これでゆっくり眠れます。・・・zzz・・・。
2003年 2月 4日

準備

日本に里帰りする準備をしています。一番の問題は子供の事です。今回は、3人連れて帰るのは無理だと判断しました。長男のみの里帰りです。洋服はいくつ持っていこうか。飲み物、食べ物はどうしようかといろいろと考えています。やはり手荷物が相当増えてしまいます。これも仕方のないことでしょう。がんばって帰ろうと思います。
2003年 2月 5日

子供の名前

3人の息子たちの名前をつけるときに一番悩んだのが日本流の名前を付けようか、ルーマニア流の名前を付けようか、それとも日本でもルーマニアでも違和感ない名前にしようかという事です。結局、日本流の名前にしました。3人共、日本流の漢字の名前にしました。やはり将来は日本の学校に行くのが良いということと、男の子なのでカタカナの名前には、大きくなった時に違和感があるということから決定しました。
ここルーマニアでは、洗礼を受けましたので、先生がつけてくれたクリスチャンネームがあります。ホームページのプロフィールにはこのクリスチャンネームを載せてあります。実際の書類上はこの名前は一切使いません。でも日ごろは、この名前と実際の名前と2つをうまく使い分けています。私はこれが一番良い形ではないかと思っています。

1つこちらで必ず聞かれるのが、日本名の意味は何ということです。いつも聞かれます。やはり漢字を見ても分からないからでしょう。(当然ですが。)言葉(発音)だけでは1つの意味しかないからでしょう。目で見て意味が分かる漢字のすごさに改めて関心してしまいました。
2003年 2月 8日


日本滞在中です

今は日本に滞在しています。やはり故郷です。見慣れた風景があるので安心します。のんびり過ごしますので、滞在記は後日アップしたいと思っています。
2003年 2月13日

バレンタインデー

妻と子供と一緒にデパートに行ってきました。どこもバレンタインデーの飾り付けですごくきれいです。妻も私へのチョコレートを選ぶのかと思ったら、
「チョコレートもらって嬉しいか? それよりも大人なんだからワインの方がいいでしょ。」
とあっさりと言われてしまいました。
私はこの感覚がすごく好きです。今までの常識を簡単に変えてしまう、この一言がいつも新鮮に思います。そんなわけでワイン売り場行きました。やはり同じ事を考える人がいるのでしょう、きれいにラッピングしてあるワインが並んでいます。全てのワインを見て、私にはおいしそうな赤の軽めのワインを、私の父親にはそれよりもさらにおいしそうなワインを選びました。(今回の里帰りは、両親の家に滞在していますので、これはしょうがないです。)

一人忘れていました。長男です。彼には、べビーカーをプレゼントしました。簡単なつくりの、たたむと小さくなるやつです。すぐに使ってみました。彼は、すごく、ご機嫌です。あまりの居心地のよさにすぐに寝てしまいました。

妻のアイディアでそれぞれ満足するものをもらいました。これのお返しは3月14日ですね。ルーマニアは3月8日に女性の日があります。花とプレゼントを贈ります。何がいいのかそれとなく聞いてみましょう。そういえば、前に指輪とイヤリングが欲しいとか・・・・。
2003年 2月14日


日本へ里帰り(事前準備編)

今回はいろいろと事前に考えることが多かったです。
まずは本当に子供3人連れて行くことが出来るのかということです。はじめは大丈夫だろうと考えていましたが、頭の中で、もし3人とも泣いてしまったら、みんな抱っこしたら誰が荷物をどうもって行けばいいのか、座る席はいくつ必要か、首が座ったばかりで長時間の飛行機に耐えられるのか、などいろいろあり、結局絶対に無理だとなりました。最終的に、私と妻と長男の3人で行くことにしました。
こうなると今度は残す2人の子供のことです。これは妻のお母さんとお姉さん夫婦が快く面倒を引き受けてくれました。2週間分のミルクと紙おむつと用意しました。今回里帰りできたのもこの家族のおかげです。本当に感謝しています。
2003年 2月


日本へ里帰り(往路編)

通常いつも飛行機に乗るときには(いつもKLM航空を使用します。朝7時発です。)、ロマンの家を前の日の夜に出てそのままチェックインするのですが、今回は長男がいることもあり無理な旅程は組めないと思い、事前にブカレストに宿泊することにしました。知り合いのアパートに前日の昼過ぎに到着し、約6時間の車での移動の疲れをとります。幸い長男は車が好きなので車中ずっとご機嫌でした。アパートに到着しても元気にあちこちを見ています。夕方早めに夕食をとりシャワーを浴びベットへ行きます。

8時頃には寝ようとしたのですが、長男は寝てくれません。まだ時間も早いので当然なのですが、なんとか寝させました。私たちもよくは眠れないのですが、それでもうとうとしながらなんとか眠りました。今回、この眠りが日本到着までの唯一の眠りでした。ブカレストで一泊していて本当によかったです。これがなかったら日本到着まで体がもたなかったかもしれないです。

朝4時にアパートを後にし、オトペニ空港へ行きます。4時30分に荷物検査のゲートが開くと同時に中へ行く列に並びます。しばらくすると係官が私たちのところに来てもう一つのゲートを開けて待っていてくれています。子供連れは特別みたいでそこから中へ入れてくれました。もちろんすべての荷物をX線検査に通して、さらに上着も脱ぎます。これは子供も例外でなく脱がせてX線検査のベルトコンベアへ乗せます。

難なく中へ入り、がらがらのチェックインカウンターへ行きます。すぐにパスポートとチケットを出してチェックインします。あっという間にチケットを受け取り、さらに出国審査も抜けて搭乗ゲートへ来てしまいました。私が経験した中での最短の時間でした。多分15分くらいです。(出国審査を抜けてその先で何をしているかよく分からない係官に呼び止められることもなく、そのまま行きました。いつもは「へい、ビジネスマン」などと言われて止められるのですが・・・。パスポートを見せるとふむふむと言いながら、何してる、どこ住んでるなどと聞かれて、最終的に行っていいみたいになるのですが・・。あれは何をしている係官なのでしょうか?税関か何かなのでしょうか?どなたか知っている方は教えてください。)

搭乗ゲートへ着き、後はゆっくりと待っているはずでしたが、そうは子供がゆるしません。あちこち見たい為に妻の手をとって行きます。一回りすると今度は私の手をとって行きます。オトペニ空港は小さいので子供の足でもすぐに端から端まで行ってしまいます。公衆電話で遊ばせたり、店の中に何があるのか一つずつ見てまわっていきます。

子供は全てを見ているみたいですね。妻がこの間にトイレに行って姿が見えなくなったら、いきなり「ママ、ママ」と妻の姿を探しています。しまいには泣き出して涙声で「ママー、ママー」と叫びだしました。もう何をしても、あやしても全然聞いてくれません。妻がトイレから出てくる少しの間、まったく手がつけられなくなってしまいました。(相当、注目されました。みんなの視線が怖かったです。)もし私と長男の2人で里帰りをしようとしたら、この時点で日本行きはあきらめていたことでしょう。やはり母親が一番なのですね。私もいつも家で一緒にいたのですが、それでも何か違う結びつきがあるのでしょう。結構、ショックでした。妻がいるのを確認すると、私の腕をとってどこかに行こうとします。

予定通り搭乗案内のアナウンスがされます。ここでも一人の係官が来て、一番最初に搭乗して下さいと言われます。皆が並んでいるところでなく、別のところから搭乗させてもらいました。席は最後部から2番目のところです。

このオトペニ-アムステルダム間は、子供連れは最後部側と決まっているみたいです。この飛行機は真中に通路があり左右に3席ずつの配置になっています。私たちは3席使わせてもらうことができました。発券の時に私のシートが「D」で妻が「F」なので、「E」がないので心配でしたが、KLMの粋なはからいで子供を「E」のシートに座らせることができました。今回は4組の子供連れがいました。みんな思い思いにあやしています。出発まで時間があり途中泣く子もいます。長男もぐずっています。
それでもみんな離陸までで、一旦離陸すると寝てしまいました。

この路線も、2年くらい前までは食事のサービスがあったのですが、去年はサンドイッチだけになり、今回も同じかと思っていたらカスタードプリンとパンケーキとフルーツの小さなバスケットになっていました。なかなかよくなってきました。子供もほとんど寝ていました。

2時間30分の飛行時間なのであっという間に着陸態勢に入り、何度か旋回した後、アムステルダム空港に到着しました。ここも今回変っている事がありました。それは飛行機を降りた時点で、本人確認をする事です。係官がいて行き先とパスポートと顔を一人ずつ確認していきます。これで施設内に入ることが出来ます。

アムステルダムの空港は広くて気持ちがいいです。ゆっくりのんびりと散歩しながら乗換場所まで行きます。ここで5時間待ちます。空港内に子供用の施設がいろいろとあるのに気づきました。今まで見えてなかっただけに新たな発見です。まず、空港中央にあるカジノの隣にキッズルームがあります。少し大きくなったらここで遊ばせておくのもいいと思いました。また全てではありませんが、トイレの横にはベイビーケア-と書かれた部屋があります。ここでミルクを作ったり、オシメを替えたり出来るようになっている部屋があります。ちょっとした個室になっていてイスもありますので、私たちは休むのに中にしばらくいました。やはり長男も人ごみの中よりもこちらの方が好きみたいで、個室に来ると騒いでいました。これは、本当にお勧めです。

いろいろと見てまわったりして時間をつぶしたのですが、それでも子供はぐずります。カートに座らせていろいろと行ったり来たりしていました。そのうちに、つかれたのか、寝てしまいました。そのまま寝かしながら搭乗しました。

定刻通り飛行機は離陸しました。席は満席です。しかし私たちの席の隣だけ空席になっています。本当にKLMには感謝します。オトペニ-アムステルダム間といい、アムステルダム-成田間とわざわざ空席にしてくれたのです。これがあるのとないのとでは、全然違います。荷物も置けますし、子供を座らせることも出来ます。また余分にあった毛布を持ってきてくれました。10枚くらいあったと思います。このおかげでぜんぜん寒くなく過ごせました。

しばらくして飲物のサービスから食事になり、その後ゆっくりしていると、突然子供が起きました。まだ3時間くらいしか経っていません。ジュースを飲ませたり、お菓子をあげますが、その時だけでまた直ぐにぐずります。仕方がないのでその場に立ってあやします。私たちの席は飛行機の真中の4人掛けの席で、壁の直ぐ後ろなので幾分広くなっています。また立ち上がっても邪魔にならないので、その場で二人で交互にあやしながらいました。時々、通路を前に行ったり後ろに行ったりもしました。これが飛行中ずっと続きます。

席に座るとぐずるので、2人で交互に抱いています。いいかげん疲れて睡魔もおそってきますが、子供が泣くのでフラフラになりながらもずっと立ったままあやします。もうこれが限界だろうというところでやっと寝てくれました。妻が抱きかかえて座ります。直ぐに妻も眠ります。

しばらくすると飲物のサービスから食事になります。妻は抱きかかえたままなので私が先に急いで食べて、その後、妻の隣の席に空の食器を置き、妻の分を私の席に置きます。食器を私が持ちながら妻が食事を取ります。あと2時間で到着です。10時間ちょっとの飛行時間ですが、ゆっくりする暇もないくらいあたふたしていました。

子供ははじめと最後に寝ただけでした。結構きつかったのですが、着陸の時に私と妻で会話したのは、「結構早く着いたね」でした。決してやせ我慢しているわけではないのですが、率直な感想として早かったと感じました。ずっと座っていることが出来なかったので、退屈しなかったからそう感じたのかもしれません。無事成田に着き、そのままタクシーに乗り込みます。30分ほどで実家に到着です。この瞬間に疲れがどっと出てしまいました。これからゆっくりと過ごしたいと思います。
2003年 2月


日本へ里帰り(滞在編)

○今回の日本滞在の目的は、もちろん両親に長男の成長を見せることもあるのですが、一番は私の運転免許証の切り替えなのです。平成14年6月に法の改正があったみたいで今回私はゴールド免許になるはずだったのが、普通の免許になってしまいました。4年6ヶ月前に違反をしていたみたいです。しかし更新後は5年間有効の免許証をもらいました。帰って来て知らされたので、良く分からないまま更新してしまいました。ブルーでも5年の有効期限なら、別にゴールドにならなくても問題はないです。と今は思っています。

○今回はルーマニアでの疲れ(?)を癒すため2週間の滞在にしました。次男、三男をおいてきたのでこれが日本にいられる最長だと思います。長男は日本で生まれて私の両親にお風呂に入れてもらったりしたので、覚えていて問題ないだろうと思っていたら、会った瞬間に大泣きをされてしまいました。もっとも生まれて2ヶ月で離れてしまったので覚えているわけがないのですが・・・。しかし1週間もすると私の両親に慣れて、どたばた大騒ぎするようになりました。日が経つにつれ私の両親と遊んでいる時間が長くなりました。

○ルーマニアと日本では時差が7時間あるので、時差ぼけが心配でした。これは長男のおかげで時差ぼけになることもなく過ごすことが出来ました。昼過ぎに起きて、朝方の4時か5時に眠る生活を続けました。つまり長男はルーマニアの時間に体が出来ているみたいで、決して日本の時間に合わせようとはしませんでした。昼過ぎはルーマニア時間の朝7時頃、朝の5時はルーマニア時間の夜10時です。私たちもムリに時間を変えようとしなかったので、体は楽でした。
2003年 2月


日本へ里帰り(復路編)

なんだかあっという間の2週間でした。現在、ロマンの家に帰ってきました。一眠りした後、これを書いています。道中、何も問題なく帰って来ることが出来ました。
今回は、行きと帰りの飛行機及び空港等でいろいろな方とお話する機会がありました。どうもお世話になりました。旅行に行く方、これから結婚される方、結婚されている方、奥さんだけ里帰りにいく方、お会いできてとても楽しかったです。私たちが子供を連れているため、じっくりお話できなかったのが残念でしたが、またメール等頂けたらと思います。また日本でもご夫婦にお会いする事が出来ました。今後ともよろしくお付き合いお願いします。また、時間の都合でお会いする事が出来なかった方、どうもすいません。次回は、お会いしたいと思っています。私たちの事を忘れないでください。よろしくお願いします。

この里帰りは、私たちにとっても、また長男にとっても、とてもよい経験になりました。気分転換にもなりました。今後は、また違った角度からルーマニアの情報を伝える事ができればと思っています。これからもよろしくお願いいたします。
2003年 2月28日


良く眠りました

やはり長旅の疲れからか昨日の夜は気を失うように寝てしまいました。長男がベットで眠ったのを確認したところまでは覚えているのですが、私もそのまま眠ってしまい、気が付いたら朝でした。次男、三男を妻に任せて、私だけ寝てしまったので、申し訳なく思っています。しかし、十分な睡眠のおかげで気分はすっきりしています。頭の中のもやもやがすっかり無くなった感じです。また新たな気持ちでがんばりたいと思います。よろしくお願いします。
それと今日は女性から男性にプレゼントを贈る日です。シャンプーやせっけんなどの実用的なものから、香水なども贈ります。みなさんは何をもらいましたか?
2003年 3月 1日


「結婚する」に追加

「日本とルーマニアで二人が離れて日本側で結婚する場合」に申述書の作成の仕方を載せました。これは直接、法務省へ行って、聞いてきた方からメールを頂きました。参考にして下さい。
2003年 3月 2日

寒さ厳しい

寒いです。帽子をかぶらないと直ぐに頭が痛くなってきます。やはり朝からお酒が必要です。
2003年 3月 3日

ルーマニアで使える携帯電話

私がルーマニアに来て、すごく高いと感じたものに、携帯電話があります。今でこそ、多少は安くなってきていますが、前は最低20,000円くらいしました。それもごつい形の、いかにも「電話です」というようなものです。今は、いろいろな色のものがあり、軽くはなってきました。値段も変わらず機能が充実してきています。高いものは60,000円や100,000円などというものもあります。機能はいいものが付いていますので、買いたくなってしまいます。しかし実際に使うのは電話の機能があればいいという方も多いと思います。そういう方には、値段の安いものでも十分だと思います。そんな携帯電話があるのか、いろいろと探しました。ノキアやエリクソン(GSM携帯電話会社)のホームページにもいってみました。どれも高いです。 20,000円台が普通です。そんな中、ぜんぜん違うものを捜していたときに安い携帯電話を偶然見つけました。海外で使える電化製品を探していた時に、安い携帯電話を見つけました。一番安い携帯電話が9,980円です。
実際に購入して使ってみました。ルーマニアでオレンジという会社のSIMカードを購入し、携帯電話の後ろに差込み電源を入れてみます。ダイヤルするときちんと通じます。(あたりまえですね)いいものを見つけたときは、早速お勧めしなくてはいけません。というわけで、ルーマニアにいらっしゃる方、また知り合いがルーマニアに行くという方、日本で購入出来ますので、1ついかがですか? こちら

ルーマニアに行くときにこれを購入して持っていこうという方、ルーマニアに着いたときにSIMカードを購入する必要があります。いろいろな会社があるのですが、私はオレンジ(Orange)をお勧めします。街中のいたるところにオレンジ色の看板があるので分かりやすいと思います。このオレンジでSIMカードを購入しますと、約900円です。これで自分の電話番号を持つ事が出来ます。074で始まる番号になります。1$分の通話時間がおまけでついてきます。これに必要な分のカードを購入します。一番安いカードは、9$分の通話時間に1$分の通話時間がおまけでついてきて約1300円です。60日有効です。(待ち受けは240日有効) 簡単な登録をするとその時点で使う事が出来ます。(きちんと英語とルーマニア語の説明書がついてきます。)SIMカードは安いので、使い捨て感覚で購入できると思います。ルーマニア滞在時のみこの番号を使い、次回訪問時には新たに番号を購入するという使い方が出来ると思います。本体さえ持っていればこの繰り返しで使用できます。半年ごとに再訪するのであれば、電話番号はそのまま使えますので、SIMカードを都度購入する必要もないです。プリペイドカードを購入するだけで通話できます。こういう使い方も出来ると思います。私が考える一番経済的な方法だと思います。

またこのオレンジ(Orange)だけは、パソコンからメールのやり取りが出来るようになっています。詳しくは「情報を知る」の中の「ルーマニアの携帯電話へメールを送る 」を参照して下さい。何度もルーマニアを訪問される方、ルーマニアに在住の方、など電話番号が変わらなく使えるのであれば、どこにいても連絡が取れるようになります。(インターネットカフェを探してメールのチェックをする必要も少なくなります。)こういう使い方も出来るので私はオレンジ(Orange)をお勧めします。

また海外に行くときのみレンタルで携帯電話を使おうと思う方もいらっしゃると思います。レンタルの携帯電話がどのくらい掛かるのか調べましたが、びっくりするぐらい高かったです。通話料を除く、基本料だけで、数日あれば携帯電話が一台購入できるくらいの値段です。(基本料1日1,000円前後)これであればレンタルでなく、購入してしまったほうがお得だと思います。参考にして下さい。
2003年 3月 4日


マキ(レムネ)の購入

今年はガスとマキを併用して暖をとってきました。ガスだけに比べるとなかなか経済的です。今後もこの方針でいこうと考えました。
マキも残り少なくなり、新たに購入しようと思い店に聞きにいったところ、前回の値段の1.3倍になっていました。あと2カ月分を購入しようと考えていたのですが、年々高くなっていくようなので、思い切って来年分も購入してしまいました。ダンプカー一杯分にしてしまいました。この方が、車代から手間から考えるとお得になります。そんなわけで庭にはマキの山が出来ています。これから家の奥に積み重ねていく作業があります。日本から帰ってきて予定外の仕事になってしまいました。
2003年 3月 5日


筋肉痛

昨日のマキの片付けで、今日は朝から筋肉痛です。慣れない重労働は体にこたえます。
2003年 3月 6日

義妹も子供を産みました

元気な男の子を産みました。出産前から付き添いで妻が病院に行きました。妻は、もう病院の常連になってしまったみたいです。いたるところで声を掛けられたみたいです。
「今度は何?」 「妹が出産で・・・。」 
「双子の子供は元気?」 「元気、元気。」
「旦那さんはどこにいるの?」「家で待ってます。(私は車で待っていたのですが・・・。)」
など会う人、会う人に聞かれたそうです。
これで無事に予定の出産が終わりました。(妻、義姉、義妹)あとはそれぞれの子育てが待っています。3ヶ月は寝不足の生活が続く事でしょう。それを過ぎると一定のリズムが出来るので、だんだんと楽になると思います。

義妹夫婦から、お願いをされてしまいました。それは、私たちにナシュ(名付け親)になってくれということです。教会での洗礼を私たちにお願いしたいという事です。・・・、私は異教徒で、妻はオルトドックスです・・・。義妹夫婦は、カソリックです。こんな事してもいいのでしょうか・・?・・。よく考えて返事はしたいと思っています。
2003年 3月 7日


O-zone(オゾン)

「O-zone(オゾン)」という歌手グループを知っていますか?
男性3人組で、今年の1月にデビューした新人です。(2002年にデビューしていました。アルバムも発売しています。間違えましてごめんなさい。2003,04,01)これが今一番楽しく面白い曲です。曲を聴けば、誰でも知っていると思います。この「O-zone」ですが一発で終わるか今後も伸びるかは、次に出す曲が重要になると思います。私は、次も面白い曲を出すと期待しています。
もう少しすると、ホームページ上で、MP3ファイルでダウンロードできると思います。今月発売の「FaN」というCD付きの雑誌には、この「O-zone」が表紙になっています。曲名は「Despre tine」です。
2003年 3月 8日

ルーマニア人との結婚

最近、いくつかの国際結婚のホームページを見ていたら、ルーマニア人との結婚の仕方に書かれている事が、私のホームページをそっくりそのまま使っているのが判りました。
なぜ、私のホームページの内容を使っているのか判るのかといえば、それは、私が間違えて翻訳しているからなのです。作ったときは判らなかったのですが、しばらくして見てみると、相当な箇所を間違えているのです。(内容的には、流れが判るので、あえて訂正せずにそのまま掲載しています。)そんなわけで、違う人があのような結婚の仕方を書くのは99.9%出来ないのです。

もし私のホームページの内容を使いたいのであれば、事前にメールなりで話があってもいいと私は思うのですが・・・。使うなとは言いませんので、間違った翻訳でいろいろな所に掲載されるのは、私が恥ずかしいです。言っている意味はわかりますよね。各ホームページの管理人の方、よろしくお願いします。
2003年 3月 10日


ルーマニア滞在ビザ

観光でルーマニアに来る方は、90日までビザなしで滞在出来ます。それから、家族滞在ビザに切り替える方、2002年12月に法律の改正がありましたので、申請書類等、いくつか今までに無かったものが追加になっています。注意してください。
提出書類の数が増えましたので、面倒になったというのが私の感想です。「結婚する」の「ルーマニア滞在」に資料は載せたのですが、これだけでは、必要書類等、わからないと思います。メールを頂ければ、わかる範囲内でお話します。
2003年 3月 12日


ナシュになるか

前回、義妹が男の子を出産した話はしました。その中で、私たちにナシュ(名付け親)になってほしいとお願いされた話をしました。その後、妻といろいろと話し合いました。私は、異教徒で、妻はオルトドックスです。義妹夫婦はカソリックです。こういう状況は、多分めったに無い事でしょう。こんな事してもいいのでしょうか。
最終的な結論は、引き受ける事にしました。これは子供の親である義妹夫婦が、お願いしますと言っているのだから、私たちがいろいろと言う筋合いのものではないというのが一番の理由です。全てを知っていてお願いされるのだから喜んで引き受けるのがいいと考えました。

早速、教会の先生に連絡しました。出生したところ、親の宗教、現住所などを確認され、先生の方でもいろいろとチェックして最終的に明日、式をする事に決まりました。最後に、恐る恐るナシュは日本人だけど大丈夫か、と聞きました。ぜんぜん問題ないそうです。と言うわけで、明日、ナシュとして子供の洗礼を受けに行きます。追って状況をレポートします。
2003年 3月14日


洗礼

カソリックの洗礼を私たちがナシュ(名付け親)として受けてきました。まず違いに驚いたのが、あの大きなバケツが無い事です。あれが洗礼のメインの儀式だと思っていた私には、相当な違いに感じました。ジャブジャブと水につけると思っていたのですが、その代わりに、頭に水をかけるようになっています。式自体、私は良くわからない(妻も分かっていない)まま進みます。今回はもう一組、洗礼を受ける家族がいたので、その家族をみて、私たちも見習います。違いはいろいろありましたが、無事に終了しました。
終了後、先生の所に話をしに行きました。とてもやさしい先生で、またいつでも来なさいとおっしゃっていました。私の家から近いので、いつでも来れますと挨拶してきました。

これで私たちは、ナシュとナシャです。(子供から見て)ナニ(私)、ナナ(妻)と呼ばれるようになるのでしょう。私は、オルトドックスとカソリックの洗礼を見てきましたが、結構、心に残るものがあります。私も、改宗した方がいいのでしょうか。改宗しようかな、という考えがあります。やはりルーマニアに住むにはこれも大事なことのような気がします。今だにどうすればいいのか結論がでないでいます。本当に難しいです。
2003年 3月15日


戦争

イラクとの事を書かなくてはいけない状況になってきました。日本もルーマニアもアメリカを支持していますので、今後何が起こるのか分かりません。私の家では、最悪の事を考えていろいろと準備しています。
まず日本には帰れなくなるだろうという事で、半年以上の資金が必要と考えました。銀行に預金があっても引き出せなくなる可能性も考えて、現金を引き出しに今日、行ってきました。無事に現金を手にしたのですが、銀行の担当者が言うには、明日以降は、窓口に人がいなくなると言っていました。銀行内で何があるのか分かりませんが、いつも知っている担当者が、ボソッと言ったのを聞き逃しませんでした。もし戦争が始まれば、銀行は閉鎖するかもしれません。困ったもんです。

あと、食料ですが、これは私の家では2週間分の食料は常時あるようにしています。これはいつもの事で、安いときに大量に買っておくので、問題はないと思います。パンと冬の保存食で過ごすのであれば、2ヶ月くらいは大丈夫になっています。

日本での状況が私の家には、なかなか入って来ないのですが、皆さんこんな感じでいるのでしょうか?一国の総理が決めた事(日本)、一国の大統領と首相が決めた事(ルーマニア)、ですので従うしかないですね。明日以降の状況を見守りましょう。(コンスタンツァではガスマスクを持っている方もいますが、私の家ではそこまでは考えていません。今後の情勢で見極めたいと思います。)
2003年 3月19日


小包を受け取りに

小包を受け取りにピアトラニャムツに行ってきました。郵便局のいつも知っている係りの人が言うには、小包を開封して中を確認するのがとても怖いと言っていました。特にアジア方面から来た小包は開封したくないと言っていました。例の病気の事です。マスクもせず、素手での作業は、見ているこちらがかわいそうに思えてきます。確率の問題なので、1つ2つは問題ないかもしれませんが、毎日、何百個と小包をいじっていれば、触れる機会も増えるというものです。この辺、どういう対策を取っているのでしょうか、疑問です。各郵便局までは、開封された形跡の無いまま到着します。そこで初めて開封して中を確認するシステムになっています。
郵便局内の小包を見ると、普通は茶色のダンボールなのですが、ひときわ目立つダンボールがあるときがあります。やはりこれも開けるのは、ためらわれる箱だと思います。「ゆうパック JAPAN」と白いダンボールに赤と青のラインと一緒に書かれています。

2003年 3月20日

警察からの招待状

私を指名で、警察から招待状がきました。何月何日の何時に警察署の何号室に来なさい。というものです。(何か悪い事でもしたのかな、と頭の中で考えます。難癖でもつけて、チップでも欲しいのかなとも考えました。これは冗談です。)
早速、行ってきました。とてもやさしい警察官でした。ロマンにいる外国人、全てのチェックをしているそうです。名前、住所、国籍、親の名前、妻の名前、子供の名前を調書に書いていきます。多分、警察の方では、調べは全て済んでいると思います。形式的なもののような感じでした。最後に、一軒家に住んでいるけど、替えたほうがいいと、やんわりと言われてしまいました。やはり危ないというのは警察の方でも分かっているみたいです。(日本人などお金がありそうな外国人を呼んで、警告しているのかもしれません。)また1つ考える事が多くなってしまいました。

2003年 3月21日

学校の先生

私たちが結婚する時に、通訳をお願いした英語の先生がいます。もう3年前の事です。当時、結婚するのに手続きの方法をいろいろな人に聞きながらしていました。その時に、結婚の宣誓をする当日に通訳が必要と言う事が分かりました。しかし、ルーマニア語-日本語の通訳など、ここロマンにはいません。私たち2人が一番意思の疎通が出来ていたので、通訳は必要ないのでは、と伺いをたてても、やはり必要ということでした。仕方なく、ここロマンの一番有名な学校に聞きに行きました。すると英語の先生が通訳をしてくれるという話になりました。私はどちらかというと英語は苦手なのですが、こうしなければ結婚の宣誓が出来ないというのでお願いしました。式は形式的なもので、全て「DA(Yes)」しかないので問題はありませんでした。最後に式が終了してお礼の挨拶をしました。
最近、この英語の先生がテレビによく出ています。通訳として、外国から来た人に対して、役所との交渉の仲介をしています。外国企業が多く来るようになったので、頻繁にテレビに出ています。もちろん全国放送ではなく、地方のテレビ局での放映です。今思えばすごい先生に通訳をお願いしたのだなと思います。その時に、何かあればいつでも電話してくださいと言われてもらった名刺がここにあります。テレビでその先生を見ると複雑な気持ちがあります。なんとなく遠くの人みたいに感じます。

私はあまり人の事を言えるような語学力は無いのですが、こちらで英語で話されると本当に苦労します。何度聞きなおしても分からない時があります。それならルーマニア語で言ってくれたほうがいいのにと思う事があります。(なぜか英語で話そうとするのです。私は苦手なのですが・・・。)しかし、この英語の先生は、聞き取りやすい英語を話す方でした。私のレベルに合わせてくれました。今でも感謝しています。今度、花でも持って挨拶に行こうと思います。今度は、ルーマニア語で挨拶したいと考えています。

2003年 3月22日

あの4人組がデビューしました

前回「A.S.I.A(アシア)」の追加メンバー募集の話はしました。(2002年12月8日、9日)この時に、最終オーディションまで残った6人の内、4人で新しくグループを作るという話をしました。
最近出てきました。その名も「Pops(ポップス)」です。みんなの注目を集めたオーディションだっただけに、いろいろなテレビ番組に出ています。毎週見ていた顔なので違和感無く、すっと受け入れられます。その分、なんとなく新鮮味に欠ける気がします。今後の活躍に期待しましょう。デビュー曲は「Bum-Bum」です。

2003年 3月24日

SPANAC(ほうれん草)

ほうれん草1kg=約200円です。キロと言われてもピンとこないと思いますが、スーパーで売っている1束がありますが、それの5~8束分です。根っこの赤いところは初めから切ってありますので、さらに葉っぱの量が増えます。青野菜が好きな方には、お勧めです。
2003年 3月28日

風邪でダウン

体の調子が悪くなってしまいました。 風邪をひいてしまいました。 それも私と妻と同時に。
今までの疲れや、日本への里帰りなど、環境の変化が重なっての事だと思います。妻は寝込んでしまいました。起き上がるのも大変そうです。私はというと、比較的軽めです。軽い、重いと言っても、風邪をひいている事に変わりはないので、無理は禁物です。子供たちはと言うと、とっても元気です。 同じ部屋に寝ていて、どうしてこうも症状が違うのでしょうか。今まで、一番大変だったのが妻で、その次が私ということでしょう。少なくとも子供たちが元気なので本当に良かったです。ゆっくり眠ればそのうち直るでしょう。(これは今週初めの話です。今はすっかり良くなりました。子供たちはいつもと変わらず大騒ぎしています。)
2003年 3月29日


ホームページ作成

今月から「ホームページビルダー」を使ってホームページを作成しています。これが使いやすいソフトなのか使いにくいのかよく分かりませんが、今のところ使いにくい、というのが私の感想です。もちろん表の挿入や配置などはすごく簡単に出来てありがたいのですが、どうも余計な<タグ>を書き込むのが多いです。思ったところに文字を入れてくれずに、改行してから入力が始まったりするのです。まあ、しばらくはこのソフトの勉強をしていきたいと思います。
今までは、何なにでホームページを作成していたかというと、全て手入力で<タグ>を入力していました。 HTMLタグの本を見ながら、あーでもない、こーでもない、と何度もやり直しながら作成していました。慣れるとこちらの方が思ったとおりにでき、さらに余計な<タグ>がない分、軽いホームページを作る事ができます。ホームページを表示させるとパッと直ぐに表示されると思います。その分、レトロな感じがします。今流行りのフラッシュなどを使ったページとは程遠いです。しかしこのホームページは中身で勝負と考えています。本当に調べたい事が書いてあるような、そういうホームページにしたいと思っています。ルーマニアのホームページなのに、人口が何人、面積が、宗教は、都市名は、などなど一切掲載してありません。これは当初からの方針で、そんな事を知っても何にもならないと考えているからです。知りたいのであれば他のホームページに載っています。(私が住んでいた千葉県の面積や人口くらいは分かりますが、他の県の人口など別に知りたいとは思いませんでした。そんな経緯があります。)それよりも日々の会話のネタを提供した方がよっぽど面白いと考えています。こんな方針で今後もいきたいと思っています。
2003年 3月30日

夏時間に変更

昨日、夏時間に変更になりました。日本との時差は6時間になります。日本時間昼の12時が、ルーマニアの朝の6時です。
2003年 3月31日

今年は庭での野菜つくりはしない

去年、庭にトマトなどを植えていたのですが、長雨の影響で全滅してしまいました。玉ねぎと、豆が若干収穫できたくらいです。そんな経緯もあり、今年は初めから野菜を作るのはやめようということにしました。市場で買ってもいくらもしませんし、逆に手間を考えると高くつく気がします。では、庭はどうするのかと言いますと、芝生を植えることにしました。 庭中、全て緑の絨毯にする計画です。長男は、もう1人で外で遊べますので(もちろんずっと見てはいますが)広い空間を作ってあげようということにしました。次男、三男も夏にはハイハイか歩けるようになるでしょうから、転んでも危なくない庭にしようという考えです。今のところ計画段階です。まずは危なそうなごみの片付けからしています。また、その後を報告します。
2003年 4月 2日

日本語とルーマニア語

いつ頃からでしょうか、ルーマニア語が判るようになってきたのは。最近ショックを受ける事が多々あります。(最近ではなくルーマニアに来てしばらくした頃からです。)それは、ルーマニア語と日本語を話す、話し方が極端に違う人がいる事です。
「は~い、私のいとしい旦那様」
みたいな話し方をしている方が、ルーマニア語では、
「この○○○野郎、チ○○、お○○○」
と言っているのです。もちろん私のいるところでは露骨には言いませんが、ちょっと離れて聞こえないだろうというところで言うのです。もちろん、こういう言い方をするのですから、日本人の旦那さんがいるルーマニア人の奥さんが言っているのですが、私は判らないフリをします。どうしたらいいのでしょうか。180度気持ちが違っているのでしょうか。旦那様もルーマニア語を勉強して、少なくとも奥様が言っていることくらいは判りたいものだと思います。こんな奥さんもいるのだな~と思いました。
2003年 4月 3日

ルーマニア滞在ビザ

今年から(正確には去年の12月27日に通達がありました。)ルーマニアの滞在ビザの申請方法が大幅に変わりました。まず、申請をする時期ですが、ビザの期限の30日前までにします。これを過ぎて申請すると罰金の対象になります。罰金額ですが、約100ドル~1000ドルです。(家族滞在のビザの場合、罰金額は約100ドル~160ドルです。)

それと申請する書類が増えました。主に書類のコピーを提出します。銀行の預金残高証明も提出するようになりました。約1500ドル以上の預金残高が必要です。(この辺は、家族滞在ビザは基準がゆるいです。ビジネスビザを申請する方は、もっと基準が厳しくなったみたいです。)後の書類は、結婚していて、家などを持っていれば全てそろえられるものです。詳しくは、メールいただければお話します。

これを持って申請しますと、更新の場合、身分証明証(LEGITIMATIE)は預けますので、一ヵ月後までの証明書をもらいます。パスポートだけを受け取ります。パスポートと証明書で一ヶ月をすごした後、ビザの受け取りに行きます。ここでも変更事項があります。それは、通常パスポートにビザがスタンプされるのですが、これからは身分証明証にスタンプが捺されて返却されるだけになりました。パスポートには、一切記入されません。実際に空港等で出入国する場合は、この身分証明証と一緒にパスポートを提出するようにと言われました。今までは、6ヶ月のビザが最長でしたが、今度は1年のビザが発給されます。

実際に申請して受け取るまでをしましたが、書類の数が増えましたので面倒になったというのが感想です。でも1年に一回の申請ならこれも仕方のない事でしょう。ちょっと聞いた話では、書類が揃わなくて出国した日本人の方もいたみたいです。大変になりました。
2003年 4月 4日

Surprize, Surprize!(スルプリゼ、スルプリゼ)

TVR1(テベレウノ)で毎週土曜日の夜にやっている番組です。選ばれた観客の話を聞きながら、その人の驚く事を番組でプレゼントするというものです。じっくりと、その人の境遇を聞いていきます。例えば、お母さんがルーマニア人でお父さんがキューバ人の息子さんが観客の中から選ばれました。結婚してしばらくすると、離婚してしまった話や、ルーマニアで暮らしていた事などを息子さんが話していきます。彼はルーマニア人なのに顔が少し違うだけで、街を歩くとみんなが彼の事を見るなど、普段の生活も話していきます。そんな時、突然お父さんが現れました。彼はびっくりです。28年ぶりの再会です。二人抱き合って喜びます。そんな感動をセッティングする番組です。私は、結構涙もろいので、好きな番組の1つです。

この番組の司会のアンドレアさん(Andreea Marin)ですが、とても綺麗な方です。とても知的な印象を受けます。彼女は、ロマンの出身です。もちろん今はブカレストに住んでいますが、実家はここロマンにあります。私の家から歩いて直ぐのところに、大きな家を建てています。彼女は、以前は結婚していましたが、今は離婚してしまったみたいです。今はこの番組の司会兼ディレクターをしながら、毎年、何かに挑戦しています。キリマンジャロに登頂したりもしています。なかなか魅力的な女性です。今度はどんな事をするのかとても興味があります。今後も一ファンとして応援していきたいと思います。
2003年 4月 5日

冬を越して

最近、暖かい日が続いています。やはり暖かいと外に出て日光浴も出来ますし、なんとなく気分が晴れ晴れします。これから過ごしやすい時期になります。
そんな事を考えると、やはりルーマニアの冬は暗く長く感じます。一日中、気温がマイナスの日が続くのは大変です。今は、1つの考えが頭の中にあります。それは冬の間だけ日本にいようかと思っています。今年、3人の子供を連れて帰れそうだったら、少し長めに日本に滞在しようと思っています。まだ先の話なのでどうなるかはわかりません。冬を日本、春夏秋をルーマニアで過ごせたらいいと思っています。今のところ、私の夢です。
2003年 4月 6日

「今年は庭での野菜つくりはしない(4月2日)」の変更

やはり野菜つくりをすることにしました。私の希望は一面の芝生だったのですが、妻と話しているうちに野菜を作る面積がだんだん広くなってきてしまいました。玉ねぎは作りたい。にんじんも。トマトも。きゅうりも。と、いろいろ増えてきて、最終的に芝生は片側半分になってしまいました。これで決定してしまいました。だいたいゴミは片付いたので後は耕していくだけです。
2003年 4月10日

あのアシア(A.S.I.A)のオーディションの審査員は、今

PRO TVと提携してアシアのメンバー追加オーディションの話は、以前しました。その時にオーディション審査員の中心的存在だった「アンドレイ ゲォルゲさん」ですが昨日の夜ニュースに出ていました。警察に捕まりました。収賄の容疑が掛けられています。(ルーマニアでも賄賂はいけない事だと改めて考えました。不思議な感覚です。)それと麻薬もしていたみたいです。

彼ですがPRO FMでDJをしていたのですが、なんと言っても言葉使いが汚いことです。面白い反面、なんとなく後味が悪い方です。もうTVに出ることは無いでしょう。

今日のPRO FMですがDJを変えて放送していました。 マイクのところには手錠が掛けられていました。リスナーからの電話も全て彼のことでした。
※彼ですが、4日後に警察署から出てきました。
2003年 4月11日

職人

通常、家の修理などで職人を呼びますと、朝はお酒と簡単なつまみ、昼はお酒と食事、夜も同じくお酒とおなかがすいていると言えば、食事を提供します。それ以外に、仕事の日当を支払います。朝昼晩3食にお酒付きで頼むのが普通です。どこで工事しているのを見ても、お酒は仕事場にあります。今までは、ルーマニアではこれが普通だと思っていました。

ここ最近やっとまともな職人に会うことが出来ました。お酒は仕事が終わった時に一杯だけ頂く、食事は一切いらない。朝のコーヒーもいらない、という職人に出会いました。仕事の後に飲むお酒は本当においしいと思います。この感覚は、私と同じです。これがまともな感覚だと思います。今後の仕事は、全て彼にお願いすることになるでしょう。
2003年 4月15日

春のたより

ウルジチ(Urzici)のスープを食べるようになると、春になったのだなと感じます。今日、今年初めてウルジチのスープを頂きました。今年は、春の訪れが少し遅い気がします。これから一番いい季節を迎えます。気持ちは、晴れ晴れしています。
ここモルドバ地方では、「ウルジチ」と言う人は少ないです。「ウルゼシ」と言っています。
2003年 4月17日

最近の主食

「白いご飯におかず」
もちろんこれが基本です。しかしこちらに来てからは、「パンにおかず」ということも珍しくありません。ご飯かパンかは、半々です。パンがおいしい時もありますし、ご飯がおいしい時もあります。寒い時はご飯がおいしく感じられます。暖かくなってくるとパンの方がいいと思います。

最近、それにプラスして「ママリガにおかず」ということも多くなってきました。このママリガですが、私は前はあまり好きではありませんでした。味がないというか、馴染めないというか、そんな気持ちでした。それがいつからか分かりませんが、ママリガがうまいと思い始めるようになりました。味が判ってきたのです。油っこい料理にママリガは相性がいいと思います。そんなわけで、最近は主食の選択肢が増えました。このママリガの元になるとうもろこしの粉は買ってもいくらもしません。1キロ30円くらいです。私が最近見つけたおいしい粉は1キロ50円します。お米も1キロ50~60円ですので、同じ値段がします。
2003年 4月19日

材木市場

毎週火曜日に材木の市が開かれます。住宅用の加工材からドアまで、ほとんど揃っています。行くとその活気に圧倒されます。周りの町からも馬車に乗って買い付けにやってきています。普段は何もないところですが、火曜日の朝だけは人と馬車でごったがえしています。
2003年 4月22日

長男が家に入ってこない

ここ最近天気がいいので子供は外で遊んでいます。朝出ると、食事の時間だろうが、昼寝の時間だろうが関係なく外にずっといたがります。外から台所まではそのまま入ってくることが出来ますので、食事の時くらいは家に入ってもいいと思うのですが、絶対に入りません。そのわけが今日わかりました。1人の女の子と一緒に遊んでいたかったのです。その子がいるだけで嬉しいみたいです。また明日も遊びに行くことでしょう。今日の夜は遊びつかれて、次男、三男よりも早く寝てしまいました。(※まだ1人で遊びに行くわけには行かないので、目の届くところにいます。そのため外に出たいとダダをこねます。これが毎日のことなので大変です。)
2003年 4月23日

ルーマニアでのファミリービザ申請書類

ルーマニアでのビザ(滞在許可)の申請の仕方が大幅に変更になりました。そのため、関係する方は早め早めの対応が必要です。「結婚する」-「3.ルーマニアに住む場合」に変更後の必要書類等、掲載しました。通達事項だけでは、何の書類が必要なのか判りませんので、その下に詳しい書類内容を掲載しました。全てルーマニア語の書類を提出しますので、ルーマニア語のみ記載してあります。家族の方(ルーマニア人の奥様、旦那様)が見れば判るようになっています。一度、関係する役所で確認する事をお勧めします。 TAXなど、金額は変動します。参考にして下さい。

ファミリービザは、これでも比較的基準がゆるい方です。ビジネスビザを申請する方は、基準が厳しくなりましたので気をつけて下さい。例えば資本金の額ですが私の聞いたところでは50,000ドル以上ないといけなくなったみたいです。また、雇っているルーマニア人の従業員数も10人以上必要など、小さな会社では基準が満たなくなりました。では、これは以前からある会社の場合は、特例として認められるのかというと、私のいるニャムツ(Neamt)では、認めない方向です。つまり基準を満たしていない場合は、ビザが発給されません。今は各自治体によって対応が違うみたいです。ブカレストは、特例として認めるみたいです。これも関係する方は、早めの対応が必要になります。参考にして下さい。
2003年 4月24日

ある日の食料品買出し

鶏肉 4羽 約4kg 900円
鶏レバー 1kg 150円
牛ひき肉 1kg 250円
パリゼル 1kg  120円
ジャガイモ 20kg 600円
玉ねぎ 5kg 300円
にんじん 1kg 100円
ピーマン 1kg 250円
お米 10kg 600円
とうもろこしの粉 10kg 500円
マスリネ(オリーブ) 1kg 260円
魚の缶詰 3缶 260円
ビン詰めゴゴシャリ 4kg 600円
ビン詰めマッシュルーム 3kg 550円
牛乳 1L 50円
タマゴ 20個 160円
マーガリン 500g 50円
チーズ 1kg 600円
油 6L 600円
デリカット(調味料) 450g 100円
コーヒー 1kg 600円
パリンカ 10本 900円
ビール 12L 500円
     
合計   9,000円

食料品は安いと思いますが、私はこれでも買いすぎだと思っています。が、ついつい買ってしまいます。
頂いたメールで、物価を教えてというのがありましたので掲載してみました。
2003年 4月25日

今週は肉を食べていない気がする

気がしたわけではなく、やはりほとんど食べていないです。毎日、ママリガ、バラブレ(ポテト)、ウルゼシのスープ(野菜のスープ)、プイネ(パン)、タマゴ、などなどです。ほとんど食べていないというのは、ちょっとお腹が空いた時に私は冷蔵庫から、パリゼルやソーセージをパンと一緒に食べていました。本当はいけないみたいです。と言っても、私は微妙な立場です。これも勉強です。

今日は、子羊を一匹仕入れてきました。明日は、この肉を食べる事になるのでしょう。(頭で考えているよりはおいしいです。私の去年の感想です。)
2003年 4月26日

Paste

「フリストス ア ンビアット(HRISTOS A INVIAT!)」「アデバラット ア ンビアット」で乾杯しました。赤いタマゴと子羊の肉がメインの料理です。「どうして赤いタマゴなの」と聞いてみました。「昔、キリストが流した血が・・・、それが土にしみこんで・・・、」(去年も聞いた気がします。)という判ったような判らないような解説を聞きました。今日は、朝からお酒を浴びるほど飲める日です。
2003年 4月27日

国内旅行計画

ルーマニア国内を車で旅行しようと計画しています。妻と毎日地図を見ながら、ここに行きたい、あそこに行きたいと話しています。
2003年 4月30日



ルーマニアの音 エントリー

  1. 国内旅行計画
  2. Paste
  3. 今週は肉を食べていない気がする
  4. ある日の食料品買出し
  5. ルーマニアでのファミリービザ申請書類
  6. 長男が家に入ってこない
  7. 材木市場
  8. 最近の主食
  9. 春のたより
  10. 職人
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