今年もよろしくお願いします

あけましておめでとうございます。
今年もよろしくおねがいします。
2005年 1月 1日

新年

毎年午前0時になると、各家庭から一斉に花火が打ち上げられます。いつもは数千発ほどの打ち上げですが、今年の花火はすごかったです。その数、数十万発です。(推定)日本で花火大会で打ち上げられるような、大きな玉が直ぐそばの家から打ち上げられています。右からも左からも後ろも、1本の光の玉が打ち上げられたかと思うと、頭上でバーンと開きます。首を真上まで曲げないと見ることが出来ないくらい近い距離です。これが間髪いれずに周りの家からするので、何本かまとまったときにはそれはそれはきれいでした。

でしたがそれも最初だけで、それ以降は、この四方八方からの花火に恐怖心が出てきました。花火が近すぎです。轟音と煙で、楽しむどころか、私の家が戦車の砲撃の的にされているのではないかと思えるほどになりました。長男は怖くて私にしがみついたまま動けなくなってしまいました。直ぐに家に入れて、「大丈夫だから」と話しました。

今年の花火は強烈でした。ここロマンに出稼ぎから帰ってきた人のお金が、今年は相当あったと思われます。また花火自体が、爆竹や10連発みたいな小さなものから、本格的な打ち上げ花火に移行した感があります。見栄っ張りの人たちですので、こうなることは予想できたとも言えます。すごい年明けになりました。今年1年のロマンの町は面白くなりそうです。
2005年 1月 1日

目標

今年は、どんな年にしたいのかいろいろと考えてみました。家族のこと、ビジネスのこと、しなければいけないこと、などなど。

「今年は笑顔いっぱいの年にしたい」

子供たちも、私たちも、みんな笑顔で暮らせるようにと考えています。これを基本に全てのことを考えていこうと思っています。
2005年 1月 2日

ルーマニアの久米宏さん

「REALITATEA TV」でニュースをしている男性が、私はどうしても久米宏さんに見えてしまいます。白髪頭といい、めがねといい、姿形といい、なんとも言えないくらいに似ています。

私は久米宏さん好きでした。ニュースキャスターとは思えないほど、事実を伝える以外に自分の言葉を話していました。「おいおいそんなコメントをしてはいけないだろ、事実だけ伝えろよ、でも面白い。」と思って見ていました。今は何しているのだろうなと思いながら、ここルーマニアの久米宏さんを見ています。
2005年 1月 4日

雪が降らないのですが大丈夫なのでしょうか。いつも積もるほど降っている雪が降らないと、春以降問題になるのは私でも予想出来ます。暖かい陽気(0度くらい)なのでもう木々に目が出てきそうな感じです。夏には水不足にもなりますよね。自然に逆らう気はさらさらありませんので、素直に従いますが、そろそろ寒くなっても良いのではないでしょうか。「おてんとうさま。」
2005年 1月 5日

リモコン

私の家にあるテレビにはリモコンがありません。買った当時はリモコンがついていたのですが、壊れてしまいました。壊した原因は、長男です。いつも何かというとリモコンを持っていました。時々かじったりしていました。唾液でベチョベチョにしたり、コップの水につけたり、散々な目にあわせていました。そのたびに私が分解して中の水をふき取って乾燥させて、恐る恐るリモコンが使えるか試していました。

ある程度大きくなると、今度はリモコンを壁にぶつけたりするようになりました。プラスチックで出来ていますので簡単に欠けてしまいます。それでもテープを張ったりして何とか使える状態にしていたのですが・・。ある日、とうとう中の基盤をめちゃめちゃにしてしまいました。配線自体は接続したのですが、リモコンが使えなくなってしまいました。どこかが接触不良なのですが、どうやっても使えません。まだ直せば使えそうなので、とりあえず私の机の引出しにそっと仕舞うことにしました。

「チャンネルをPROTVにして」
「音をもう少し大きくして」
「チャンネルをACASAにして」
現在のリモコンは長男です。これがなかなか曲者で思った通りに動きません。自分の見たいプログラムに変えてしまったり、音が大きすぎたり、小さすぎたり・・・。本人は楽しみながらやっているのでこれで良いかと思うのですが、時々勝手にチャンネルを変えるので、妻におこられています。私たちの反応を見て勉強している(面白がっている)ので、言われた事は理解しているけど、わざと違うようにしたりします。時々押したボタンと違うことをするリモコンも、これはこれで人間味があって私は好きです。しばらくこちらのリモコンを修理しながら(教えながら)使っていこうと思います。
2005年 1月 6日

ファミリービザの有効期限

以前2004年1月24日に有効期限について「有効期限1年は、11ヶ月有効!」という題で書きましたが、 現在は変わっています。 ファミリービザ1年は、きちんと1年間有効になりました。1ヶ月前に申請してもきちんと更新申請という形で1年有効の身分証明書が発行されます。当然といえば当然だったのですが、前まで5回くらい申請したのが違うだけにおかしな感覚です。 (1年有効になる前は、6ヵ月有効でした。ですので3年ちょっとの滞在でも5回か6回ほど申請しています。)

今回新しい身分証明書をもらいましたので、以前3年間ほど使っていた冊子型の身分証明書は返却しました。私は、この以前の証明写真が好きではありませんでした。犯罪者みたいな顔をしている自分がいます。今回、新しくなりましたのでほっとした気持ちです。
2005年 1月 7日

風邪

ここ5日間ほど風邪をひいていました。のどが痛くて声がおかしかったです。熱はなく鼻水が出るくらいだったのですが、なんとなくダルく調子が良くありませんでした。これを私が始めになり、長男、次男、三男の順番でなっていきました。いつものように薬局で薬を買ってきてそれを飲んでいました。

今は、大分良くなりました。もう大丈夫です。今回の風邪で一つ気になることがあります。それは、妻は何ともないということです。同じく生活していて、いつも誰かが風邪をひくと順番にひいていたのが、今回は妻だけ大丈夫です。不思議でなりません。今回の私の家の風邪は今までとは違うので、その違いをじっくりと考えてみたいと思います。その違いが妻が風邪をひかなかった理由につながると思っています。食事か、お酒か、行動か、体力か、抗体を持っていたのか、日ごろの生活で鍛えられたのか、などなどいろいろとあると思います。

ところで「風邪」に効く薬は出来たのでしょうか。私が知っている限りでは「風邪」に効く薬は出来ていないはずです。一番身近な病気の風邪に効く薬が無いのは、本当に不思議ですよね。風邪の諸症状の、のどの痛み、せき、たん、くしゃみ、鼻水、鼻づまり、悪寒、発熱、頭痛、などを緩和する薬はあるのですがね。本当に不思議です。これを飲めば一発で風邪が治るという薬が出来ると何日も苦しまなくてすむのですが・・・。
2005年 1月12日

緊急電話

昨日の夜に変な連絡をルーマニア人から受けました。
「日本人がブラショフで行方不明になっていると携帯電話でかけている」
言っている意味が良くわからなかったので、そのままにしておきました。自分で行方不明になっていると電話できるのであれば、問題ないだろうと思っていました。

今日の夕方のニュースを見ていてその行方不明になった日本人が映っていました。男性が保護された映像でした。夜に自分で携帯電話をかけまくっていたみたいです。そのため、昨日の夜はここロマンの町までこの変な電話連絡が回っていたのだと思います。

私の家からブラショフまでは200km以上あります。基本的に私は日本人の方であっても、見捨てる方針です。他人ですから、というのが理由です。そんなクダラナイ電話に付き合っている暇はありません。自分の家のことで精一杯です。でも直ぐに見つかって良かったというのが関係者の気持ちでしょう。
2005年 1月15日

初めての経験

私は車の運転免許を取得して15年以上経ちます。ある日の朝、一本の電話が掛かってきました。「事故をして車のフロントをぶつけてしまった。エンジンはかからないが、幸い車自体ゆがんでいないのでそのままけん引して行けるので迎えに来て欲しい。」警察やその他関係するところの手続きは全て済んだので、後は車だけの問題ということで電話が掛かってきました。

私は運転免許を取得して、このけん引というのをしたことがありません。2台の車をワイヤーでつなぎ引っ張っていくのですが、頭の中で考えてみますが大丈夫なのか心配になります。私が迎えに行くのですから、私の車は引っ張っていく方です。もう一つの心配事は場所が遠いのです。事故をした車があるのはヤシです。私の家から80Km離れています。わざわざ私の所に電話しなくても、もっと違う人がいるのにと思いました。そう思いながらも引き受けてしまったものはしょうがないです。直ぐに現地に向かいました。

思っていたより車の損傷が少なく、後ろからみれば事故車とは思えません。でもラジエターが半分に割れていてエンジンにくい込んでいますので、自走は出来ないと直ぐにわかります。ロープでつなぎ恐る恐る発進します。平坦な道はなんでもないのですが、坂道、特に下り坂は結構怖かったです。ブレーキを踏むにも気を使いますし、スピードが出るので先のカーブが曲がれるのか少し不安になります。こういう時は、後ろのけん引されている方の車がブレーキを少しかけて速度を調節するとうまくいくみたいです。ロープがたるむと次に引っ張った時にショックがきます。適度に張った状態を保たなければなりません。何とかおっかなびっくりですが無事にロマンの町までけん引することが出来ました。
「私はルーマニアにまで来て何をやっているんだろう」
なんて事を道中考えてもみましたが、何事も経験です。また一つ勉強になりました。
2005年 1月16日

工事と景気

ロマンの町の中心地ですが、いたるところで工事しています。ショッピングセンターを作るという話です。大きい工事現場は、現在2ヶ所です。今まで道路だったところを通行止めにしてそこにクレーンを設置して作ろうとしていますので、相当大きなビルになると思います。それ以外にも、マガジンを作ったり、建物の外観を改修したりしています。

前にも話したと思いますが、工事現場の多い町というのは景気の良い町です。あちこちから工事の音が聞こえるというのは、それだけお金が回っているということになります。今年は、今までにない規模と数の工事を見ています。相当お金が回っていると思います。景気は上向いているのは間違いないと思います。その分、物価も高くなってきています。現在、古い建物を壊して更地にしていますので、まだまだこれからも大きな建物が建ちそうな感じです。
2005年 1月19日

国際運転免許証の見解

ブカレスト在住のOさんより以下のようなメールを頂きました。
----------(ここから)--------
2004年5・6月にルーマニアの法律改正で日本で取得した国際免許では運転出来なくなりました。(捕まります。)(日本ではルーマニア国内で運転できる事になっていますが ルーマニアでは運転できません。) 運転をする際にはルーマニアの運転免許証に書き換える必要があります。 必要書類はエクセルファイルを添付しましたのでご確認下さい。
-----------------------------
この内容からするに日本の各都道府県の公安委員会が発行しているダンボール紙製の国際運転免許証は無効であるように思えます。直ぐにルーマニアの免許証に書き換えなくてはいけないみたいです。これの事実を確認するために私の住んでいるニャムツ県の警察署へ行って確認してきました。行ったところでは丁寧に対応してもらいました。そこで言われたことは
「国際免許証で1年間運転しても問題ありません。日本人の方は個人の方は切り替えしていません。会社関係の方は切り替えできます。」
という話でした。私は個人になりますので切り替えは出来ないという話です。この時点で、ブカレストの警察とニャムツの警察で言っている事が真っ向から違っています。私は違法なことはなるべくしたくないと考えています。

もう1人、ブカレストでない町の方へメールで聞いてみました。この方は、免許証の書き換えをしたかたです。 ----------(ここから)--------
私の町では間違いなく国際免許は使えます。私は使ってましたし警察に提示もしました。しかし入国して3ヶ月を過ぎて国際免許を使った場合は罰金だそうです。無免許運転という事ではないようですが、捕まる度に罰金を支払わないといけないようです。また運転免許をこちらのものに切り替える際も3ヶ月を過ぎていたら罰金です。私は『切り替えをしないといけない。』と言われました。それもこちらに来て3ヶ月以内にです。これは私の町では間違いないと思います。数人に確認しましたし、実際に私は始末書を書きました。
-----------------------------
ここまでくれば、書き換えをしないといけない方向になっているのがわかります。再度、私はピアトラニャムツの警察へ聞きに行きました。その時に、必要な書類一覧をもらっていますので、それをコピーして持っていきました。

そこで言われたことは、
「国際免許証で1年間運転しても問題ありません。日本人の方は個人の方は切り替えしていません。会社関係の方は切り替えできます。」と、前と何も変わりません。私がコピーして持っていった書類一覧も、相手も同じ物を持っていました。日本人は国際免許証1年間有効だから書き換えは必要ないということです。

こちらは書き換えしなさいと言うし、こちらは書き換えは必要ないと言うし、どうすればいいのか分からなくなってしまいました。私はブカレストなど県外へ車を運転していきますので、見解が違うと何ともいえなく不安です。最悪は、捕まったところの警察で賄賂を渡せば何事も無く見逃してもらえるのですが、なんとなくしっくりいきません。この件については、今後も情報収集していきたいと考えています。
2005年 1月20日

国際運転免許証の見解2

今回は少し難しく書いています。
道路交通関係には、現在2つの条約がありそれによりどちらかの条約が実効性を持っているものとしています。1つはジュネーブ会議道路交通条約(1949年、以下ジュネーブ条約)、もう1つはウィーン会議道路交通条約(1968年、以下ウィーン条約)、この2つがあります。

ジュネーブ条約に関してですが、日本は1964年8月7日に加入しています。ルーマニアは1961年1月26日に加入しています。

もう1つのウィーン条約に関してですが、日本では加盟していません。ルーマニアは1980年12月9日に批准しています。

日本はジュネーブ条約にしか加入していないので、このジュネーブ条約が実効性をもっています。ルーマニアはジュネーブ条約、ウィーン条約、共に加入、批准しています。実効性をもっているのは、ウィーン条約になります。

1949年のジュネーブ条約と1968年のウィーン条約では、新しい方のウィーン条約が実効性をもっています。したがって、ルーマニアはウィーン条約に批准していますのでウィーン条約が実効性をもちます。日本はジュネーブ条約しか加入していませんのでジュネーブ条約が実効性をもちます。

※「実効性をもつ」とは、道路交通条約 について、ジュネーブ条約、ウィーン条約のうち片方のみ加盟の場合はそれを、つまり日本みたいにジュネーブ条約のみ加盟の場合はジュネーブ条約が実効性をもちます。ジュネーブ条約、ウィーン条約共に加盟している場合には新しい方をさします。ルーマニアの場合がこれです。ウィーン条約には、その発効以降は、その加盟国相互間ではジュネーブ条約は失効すると定められています。したがって、ジュネーブ条約、ウィーン条約双方の加盟国においては、ジュネーブ条約は、その方のみに加盟している国に対しては現在でも意味を持っていますが、実質的にはあまり意味が無いともいえます。

ここまでは宜しいでしょうか?難しいですか?

簡単に言うと、「日本は未だに古いジュネーブ条約の国際免許証を使っているけれど、ルーマニアは新しいウィーン条約に批准しちゃっているからね~、持ってきた日本の国際免許証は無効なんじゃない!」というようなことです。

ではここからは本題に入ります。
「ルーマニアでは日本の国際免許証が使えるのか、使えないのか」
という事と
「ルーマニアの免許証に切り替えは出来るのか、出来ないのか」(日本の免許証からルーマニアの免許証への切り替え)
というこの2点について今後調べていきます。条文をじっくり見ていきますのでもう少し時間が掛かりそうです。判りましたらまた掲載していきたいと考えています。これと同じく、ルーマニアの道路交通法も調べています。
2005年 1月22日

脇の下の臭い消し

ルーマニアではいろいろなタイプの脇の下の臭い消し製品が売られています。スプレータイプやスティック状になっていて塗りこむタイプなどがあります。

私はこれを出かけるときなどに使っています。これが良く効きます。汗も出なくなりますし、臭いもぜんぜんしなくなります。朝すると次の日の朝まで持続します。相当強力です。

でも最近はなるべく使わないようにしています。なぜなら、人間の自然の汗などを強制的に無くすというのは、何かどこかに影響があるような気がしてきたからです。 24時間も持続するということは、その間は汗を出なくするようにしているということで、それは良いことなのだろうかと疑問に思うようになりました。はっきりと症状があるわけではありませんが、なんとなく脇の下が痒くなるような感じがします。この辺のこともあり便利な製品ですが、ほどほどの使用にしています。
2005年 1月24日

積雪

昨日から降り続いた雪であたり一面、銀世界です。今年になって初めての積雪です。やっと冬らしい景色になりました。
2005年 1月26日

雪かき

昨日も雪かきをしたのですが(積雪10cm)、朝起きるとさらに20cmほど積もっていました。私の家は玄関から門まで10mくらいあります。車も道路に出るまで10mくらいあります。この人用の通路と車の通路を、シャベルで雪を両側に積み上げていきます。今回の雪は水分が多くあり重いです。シーンと静かな中に、私のシャベルの音が響いています。2時間くらいかけてこの通路と家の周りの雪かきをしました。現在、軽い腰の痛みがあります。今日の夜は雪が降らないことを願っています。
2005年 1月27日

いつも一緒

私が座っている椅子の後ろで、こちょこちょ、ガチャガチャ、しているやつがいます。「長男」です。私の机の隣に来ては、ボールペンで何かを書いています。これが話はしないで静かにしているのですが、紙を落としたり、ボールペンを落としたり、何かと気になります。しばらくするとソファーに座ってテレビを見ています。これで私はパソコンに集中できると思うと、テレビのボリュームを最大にしたりしています。

私がトイレに行っている時と、寝ている時以外は、いつもこんなことをしています。「タタ、タタ」とかわいい声で話されるので、憎めないやつなのですが、でも1日中となるとまいってしまいます。

次男、三男は、これと同じ事を妻にしています。向こうの方で騒いでいるのが聞こえます。私の方は、1人を相手にしているのでまだ余裕がありますが、妻は2人を相手にしていますので相当大変だと思います。でも、3人揃って私のところで騒がないで欲しいと願っている私もいます。
2005年 1月28日

丁度良い気温

今日は、最高気温-2℃くらいです。雪も融けずにそのまままになっていますので、ほうきで家の周りを掃きました。私はこのくらいの気温が好きです。雪も融けずにそのまま凍っていますので、ベチャベチャしないからです。車も砂の上を走っているみたく、走っていてもそれほど危なくありません。家の中は暖房が効いていますので、長袖シャツ1枚で十分過ごせます。

これが気温0度以上になりますと雪や氷が溶けて道が汚くなります。車も相当滑りますので危なくなります。逆に気温が-10度や-20度になると生命の危険を感じます。防寒対策をしないで外に出てしまった場合、一瞬で凍りつきますのでとても危険です。家の中も外の気温が壁から伝わってきます。暖房が効いていないのではないかと思えるようになります。

冬はマイナス2℃からマイナス5度が一番過ごしやすいと思います。これ以上でもこれ以下でもいけません。冬はほどほどに寒いのが一番です。
2005年 1月29日

道路税

2月からこの道路税を払っていない車は罰金という話をニュースでしていました。私も妻もあることは知っていましたが、先送りにしてきて支払っていませんでした。今日、PETROM(ガソリンスタンド)で支払ってきました。レシートとフロントガラスに貼る形のシールをもらいます。シールで有効期限がわかるようになっています。支払っていない時の罰金の額ですが、5,000,000leiと言っていたように思います。 2月からの警察官の動きに注目です。
2005年 1月30日

トゥルグ ムレシュ(Targu Mures)へ

ルーマニアの地図の中心にあるトゥルグ ムレシュへいって来ました。私の家から最短の道で240Kmほどあります。

トゥルグ ムレシュ、すごく良い町です。今まで行ったどの町よりも全てにおいてすばらしく良い町です。人々のレベルがぜんぜん違います。余裕があるというか、ヨーロッパの町並みに人々に何もかも洗練されています。ホテルは安くてきれいで従業員はしっかりと教育されていますし、タクシー代は安いし、レストランも安いです。妻と私で「この町は良いよ」と何かあるたびにずっと話していました。

私の頭の中では、
「ヤシは学生の町」
「ロマンは危ない町」
「ブカレストは労働者の町」
など町のイメージがありますが、このトゥルグ ムレシュの町は、
「トゥルグ ムレシュは上流階級の町」
というイメージが出来てしまいました。ルーマニアにこういう町があるのかと驚きでした。

また一つ、新しい発見をしたので私の気持ちには少し変化が出てきました。
「ルーマニア、居ればいるほど面白い国です。」
2005年 2月 3日

トゥルグ ムレシュへ 2

今回、ここに来たのは指揮者の尾崎氏がこちらでコンサートをすると聞いたからです。もうすばらしいです。ルーマニアでこういう形で見ることが出来るのは、本当に感動です。こういう世界もあるのだなと改めて思いました。
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指揮者:尾崎晋也
ルーマニア国立トゥルグ・ムレシュ交響楽団音楽監督
トランシルヴァニア室内管弦楽団音楽監督
ロンドン・シューベルト室内管弦楽団主席客演指揮者
  CD情報 トランシルヴァニアからの贈り物
  指揮/尾崎晋也
  トランシルヴァニア室内管弦楽団(弦楽セクション)
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2005年 2月 4日

トゥルグ ムレシュへ 3

今月になりいきなり寒波が襲ってきました。そんなこともあり今回のトゥルグ ムレシュ行きは、前日まで天気予報に注意していました。ここロマンからトゥルグ ムレシュまでは、必ず山を越えるルートになります。一番の近道は、ピアトラニャムツからラクロシュを通り、ギョルゲニ(Gheorghieni)に抜け、ソバタ(Sovata)を通るルートです。地図では、ほぼ直線になるルートです。約240Kmあります。

当日は、前日までの雪の状況、天気は晴れということもあり、このルートを選択しました。ラクロシュの山越えのところと、ソバタの山で雪の道になりましたが、天候が良かったこともあり順調に行くことが出来ました。 4時間半で着くことが出来ました。今考えると天候に恵まれたと思います。ところどころは危険なところがありました。もう少し雪が積もるか、風が強くなると道路は閉鎖されると思われます。今回は、ラッキーでした。
2005年 2月 5日

冬に洗濯物を外に干す

冬の日に外に洗濯物を干す地方があります。モルドバ地方です。雪が降っていても、晴れていても洗濯物を外に干しています。空気が乾燥しているのでこれでも乾くのですが、私は不思議に思います。ハンガーに吊るして家の中の暖かいところに干せばもっと効率が良いのにとも思いますが、1本のロープに洋服を一列に並べて干しています。う~ん、不思議です。車で走っていると、家の前の道路から良く見えるところに干している家庭が多いので、そこの家には、どういう人が住んでいるのか直ぐにわかります。こういう観察をするドライブもまた楽しいものです。
2005年 2月 6日

国際運転免許証の見解 3

ブカレストに住んでいる方からメールを頂きました。
-------(ここから)-----
ブカレスト在住の者です。運転免許証の書き換えの件、拝読しました。私は昨年6月初旬に日本の免許証からルーマニアの免許証に書換えをしました。国際免許証や免許証書換え等について、Neamtの警察と、ブカレストの警察で見解が異なるとのことですが、ルーマニアでは同じ役所でも答える人によって返答の内容が異なる、担当者が最新の法律を知らない、ある手続きについて関連法と役所の実務との矛盾を指摘しても、「法律ではそうなっているが、その法律の通りには実務を行っていない」と担当者が言う ...そんなことを私も経験しています。

さて、免許証の書換えについてですが、ルーマニアの緊急政令(OUG)195/2002で法律では、
①ウィーン条約が有効、2国間条約がある場合にはそれに従う。
②ルーマニアに本籍(Domiciliu=永住権)、住所(Resedinta=滞在許可)が既にある人は、入国から3ヶ月以内に、本籍、住所を新しく登録した人は、その日から3ヶ月以内に書換えをしなければならない。
③ウィーン条約批准国以外の国の発行した免許証を所有し、免許証の書換えができない者は、教習所の訓練を経ずに運転免許の試験が受けられる
と定められています。(それが現行法となっているかはわかりませんが)

加えて、私が書換えしたした際のブカレストの担当局の「見解」は以下のとおりです。
④日本の免許証からの書換えは可。(私も実際にしましたし、昨年10月頃に知り合いもしました)
⑤申請書類に「滞在許可証」が含まれていることから、「滞在許可証」が無い人(=ビザなし滞在)の人は書換えができない。
⑥滞在許可取得後3ヶ月を越えると、他国発行の国際免許証で運転することは認められないとのことです。

「会社関係の人は書換え可、個人の人は不可」の件については確認していませんが、私の個人的意見では、Neamtの担当者の誤解のように思います。なお、運転免許証の書換えの際の無犯罪証明書は、ルーマニア当局の発行したものでなければなりません。(無犯罪証明書は日本発行のものではなく、現地警察署発行のものです。)

また、免許の書換え申請の際に日本の国内免許も当局に提出しますが、それはルーマニアの免許が発行された後(約1ヵ月半-2ヶ月かかる)、日本大使館から返却されました。日本発行の国際免許証の有効性については、ウィーン条約に基づいていないので、日ル間で2国間条約があるかどうかが鍵かと思います。なお、昨年5月にブカレストの免許証書換え窓口で国際免許証について一般的な質問をした際には、「国際免許証は”旅行者”のためのもので、滞在許可を持っているものは”旅行者”とは認められないため、それで運転することはできない」との返事をもらっています(上述⑥と関連)。主に個人的な経験をもとに書きましたが、これらの情報がお役に立てば幸いです。
2005年 2月 7日

エンジンが掛からない

今日は冷え込みました。ロマンは、-15度くらいだと思います。先日行ったトゥルグ ムレシュは、-29度、ミエルクレア チュック(Miercurea Ciuc)は、-32度とニュースで放送していました。

昼の11時ころ車で出かけようとしましたが、エンジンをかけようとしてもかかりません。ここ最近、エンジンをかけようとするとかかりが悪かったのと、ライトも暗く感じていたので、バッテリーの寿命がきたと直ぐにわかりました。車を買って丸3年バッテリーの交換をしていなかったので仕方の無いことです。出先でエンジンがかからなくならなく、家で良かったと思いました。

こちらのバッテリーの規格は、数種類しかないみたいです。「12V 55Ah」というだけで判るみたいです。日本でいうと「55 D 23 L」というバッテリーの形式になると思います。(55Ahの170mm×200mm×230mmの左マイナス端子)早速、購入してきて交換しました。やはり新しいバッテリーは、エンジンのかかりが違います。これであと3年は持つことでしょう。
2005年 2月 8日

シャワー嫌い

前は三男がシャワーが嫌いだったのですが、今は長男がシャワーを嫌いになってしまいました。「シャワーに行こう」と話すと一番に三男が来ます。その後、次男を洗って、最後に長男をと思いますが、行こうとしません。最近は力もついてきたので無理に行かせようとしても重くて連れて行けません。何が嫌いな原因なのかがぜんぜん判りません。風呂場へ連れて行くと、今までのことが嘘のようにおとなしく服を脱ぎます。ここ数日のことですが、不思議でなりません。
2005年 2月11日

ルーマニアの生活費

現在のルーマニアの生活費ですが、物価の高騰などもあり年々かかるようになってきています。メールの質問でもどのくらいで生活できますかというような内容があります。

私は、一概にいくらとは言えないのでこのように答えています。
「日本と同じ生活をしようとすると日本で生活に使っていたお金の7割
一人暮らしとかルーマニア国内を旅行しないなどの場合は5割
毎日ポテトとママリガを食べてどこにも行かないのであれば、3割で出来るでしょう。」
つまり、日本で生活費を30万円使っていた場合、こちらでも日本と同じ生活をしようとすると21万円は掛かるでしょう。ということです。日本で10万円使っていて、こちらではママリガとポテトを食べて節約した生活をした場合、3万円で生活出来るでしょう。ということです。

あくまで目安です。このようにしか答えられないのが現状です。現在、ルーマニアの日用品の物価は、日本より高いです。ガソリン代も110円以上していますし、食料品以外は高いというのが今です。これがありますので、日本との物価の差、1/10とか1/6というのは昔の話になります。現在は日本の6割くらいは生活費がかかると思っていると良いと思います。これも人それぞれですので参考値です。
2005年 2月12日

もう春?

昨日、今日と雨が降っています。もう雪がほとんど融けてしまってありません。2月中旬でもう雪融けなのでしょうか。
お天道様、大丈夫ですか?
2005年 2月17日

っと思ったら

今日は、雪が積もっていました。水分の多い重い雪です。(私はこの雪が一番嫌いです。)でも気温が高いので2月にしてはおかしな気候です。本当に大丈夫ですか? お天道様。
2005年 2月19日

日没時間の計算

ルーマニアの冬は日照時間が短く、ずっと夜のような感じです。逆に夏は日照時間が長く、ずっと昼のような感じです。これから日がどんどん長くなっていきます。

1月は、日が暮れるのが4時30分ころです。
2月は、5時30分ころです。
3月は、6時30分ころです。
このように1時間ずつ日が暮れるのが長くなっていきます。
4月、7時30分
5月、8時30分
6月、9時30分
だいたいこの時間を目安にしていると合っていると思います。 7月からは日が短くなっていきます。
2005年 2月20日

子供たちの会話

朝から夜まで休むまもなく、3人でいろいろと話しています。
全て私の判るルーマニア語と日本語です。 かわいいやつらです。

これが妻や妻のお母さんと話すと、私の判らない言葉を使って話していたりします。流れでなんとなく意味は判るのですが、でも知らない単語を話します。長男は私と一緒にルーマニアに来たのだから、ルーマニア語を聞いている時間は同じ時間のはずです。でも、その言葉の吸収がぜんぜん違います。次男、三男は、私よりルーマニア語を聞いている時間は短いはずなのです。

私と話すときには、私に合わせたルーマニア語を使っているのかなと思うと「かわいいやつ」と思っているのは、子供たちの方かもしれません。長男は、こんな小さいのに言葉を使い分けて話しているのだと思うと、半分うらやましく思います。

これからは、本当に子供たちの学校、将来を考えないといけない時期にきました。もう自分の気持ちを話せますので、それを良く聞いて結論を見つけたいと思います。
2005年 2月21日

旦那の着る洋服は妻が選ぶ?

私の家では、どこへ行くときでも妻が私の洋服を準備します。その日の気候から、気分を考えて妻がアイロンをかけます。私はというと、出されたものをそのまま着て、最終チェックを妻にお願いするだけです。結婚してからずっとこのようにしてきました。

「来週は、どこどこの社長さんに会うから」
「今週末は、友達とお酒を飲みに行ってくるから、メンバーは誰と誰」
と話すと、それにあわせて当日着る服を用意してくれます。ファッションに疎い私には、本当にありがたいことです。

妻にそのことを話すと、「旦那の洋服を選ぶのは妻の役目として当然でしょ。」と言い切ります。私が変な服を着ていると妻が恥ずかしいということになると、妻は話しています。いつもアイロンのかかった綺麗な服を着れるのは、私としても嬉しいです。
2005年 2月22日

日本からルーマニアまでの最短時間

ルーマニアへ航空機を利用して行くと、必ず1回は乗り換えをしなければなりません。ある程度の回数を行き来すると、この乗り換え時間が気になるところです。なるべく早く接続する便を探すと思われます。

私が見つけた最短の往復は、アリタリア航空を利用する便です。タイムテーブルは、以下のようになります。

NRT14:05発 - MXP18:50着 AZ 787便
MXP20:45発 - OTP 0:05着 AZ 502便

OTP 9:15発 - FCO10:15着 AZ7507便
FCO11:15発 - NRT 7:30着 AZ 784便(火、金、日 出発のみ)

行きは、成田空港を午後2時5分出発のAZ 787便で出発してミラノ マルペンサ空港に午後6時50分に到着します。約2時間の乗り換え時間でAZ 502便ブカレスト行きがあります。 約17時間で到着します。

帰りは、ブカレスト オトペニ空港を朝9時15分出発のAZ7507便で出発してローマ フィウミチーノ空港に午前10時15分到着します。約1時間の乗り換え時間でAZ 784便成田行きがあります。 約15時間で到着します。

私は、いろいろとタイムテーブルを検討した結果、これが往復での最短時間だと思っています。行きはミラノ経由、帰りはローマ経由というルートです。復路、ブカレストからローマまでは、AZ7507便はタロム航空(TAROM)とのコードシェア便ですので、飛行機はタロム航空のものになります。また、ローマでの乗り換え時間は1時間ですが、搭乗開始時間は40分前からしますので、ブカレストから飛行機が到着後、乗り換えの案内にしたがってゲートに行くと搭乗開始しています。ほぼピッタリの乗り換えになります。免税品店等での買い物は時間がなく出来ません。また、このAZ 784便は、火曜日、金曜日、日曜日のみの運行となっていますので、日程の調整も必要になります。

ルーマニアでこれの逆のルートのチケットを買った場合、
ブカレスト - ローマ - 成田 - ミラノ - ブカレスト
という航空券になりますが、値段は800ユーロくらいです。季節に関係なくこの値段です。アリタリア航空は、チケットの値段が安い方の航空会社になります。(格安券が出やすい会社です。)また使用機材も最新鋭機B777-200ERを使っていますので機内で苦痛という事もありません。お勧めです。

しかし、この成田発のチケットを私は購入したことがありません。日本発券の格安券でこのルートがあれば私はとってもお得だと思います。

注意)2005年3月26日までは、このタイムテーブルです。それ以降はサマータイムなどで時間が変わります。十分に検討することをお勧めします。
2005年 2月23日

ワイパー動かしていますか?

ルーマニアに来て車の運転をしようとすると、左ハンドルの車になります。ギアが右手にあり、なんとなく不自然な形で違和感があると思います。でも郊外は直線が多く5速でずっと行けますので慣れればそう苦痛にはならないと思います。

ところが街中に入るとこれに加えて右折、左折があります。頭の中は、「右折をするときには日本と逆だから手前に小回りで入らなければ」「左折は対向車を見て、大回りで行かなくては」などなど結構頭の中が混乱してきます。そんなときにいつものようにウインカーを点滅させようとレバーを操作すると
目の前でワイパーが動いています。 自分はウインカーを点滅させているつもりでも、ワイパーのスイッチを操作してしまいます。左ハンドル車は、ウインカーは左のレバーになります。日本の右ハンドル車はウインカーは右にありますよね。これが操作の間違いの元です。これは慣れるまで数日間掛かります。

このウインカーとワイパーを間違えなくする方法があります。それは、ギヤに必ず手をかけながら運転をすることです。ハンドルは片手で操作すると、その操作するほうの手側にウインカーのレバーがあります。絶対に間違えようがありません。いつもギアに手をかけている癖をつけると、慣れるのもすぐです。

私は、日本でもルーマニアでも運転をしますが、この切り替えは何年経っても大変です。必ず最初の日は、ワイパーを動かしてしまいます。思わず吹き出しそうになりますが、なにより恥ずかしいですよね。
2005年 2月24日

人との出会いは大切

私は、ルーマニアに来てからというもの、何かあるたびに人に助けられてきました。人のやさしさが日本にいるときに感じていた10倍、100倍にも大きく思います。

一人では生きて行けない
ということをしみじみ感じています。これも年をとったということなのでしょうか。 10代、20代のころのぴりぴりとした気持ちは無くなり、今は人間丸くなりました。人と会うのが楽しくなってきました。初対面の人と会って話すと、そこからまた新しい発見があり、次の目標を決めていけます。自分の出来る範囲のことは最大限してあげられる余裕も出来るようになります。

皆さんは、こんなことは常識としていたのでしょうか。私は、今、この歳になって、はじめて判った気がします。
2005年 2月26日

中学生の時の気持ちから

1年生の時、3年生が大男に見え、先生が鬼のように思えた。3年になった今、1年生が逃げ惑うネズミのように思う。」

これは、私が中学3年生の卒業するときに書いた文です。今の気持ちを素直に文章にしなさいと課題が出されたものです。みんな「これから高校生活がんばります。」とか「さらば中学校」などと書いているところへ、このふざけた文章を書いたので直ぐに教員室へ呼び出されました。

怒られるのかなと思って行くと、国語の先生から「あなたの文章は面白い」と誉められました。私は、国語は嫌いな科目でした。ですので、いい点も取ったことがありませんし、あまり興味がありませんでした。でも、この国語の先生に中学校を卒業するときに誉められたことで、嫌いではなくなりました。冒頭の文と国語の先生に誉められたときの状況と、今でも鮮明に覚えています。20年前の話です。

この「ルーマニアの音」をオープンしてから今まで、きっと誰か面白いと思って読んでもらえるだろうと思って続けてきました。今では、感想のメールも頂くようになり、楽しみながら書いています。もし中学を卒業するときに、この国語の先生の一言がなかったら、この「ルーマニアの音」も無かったかもしれません。人との出会い、話す言葉は、とても重要だと思います。今、目の前にいる人に言った一言が、その人の人生を変えてしまうかもしれないのです。逆に、そのくらい重みのある言葉を言える人になりたいですね。
2005年 2月27日

テレビ

私の家では、ずっとテレビがつけっぱなしになっています。子供たちがつけて遊んでいるからです。アニメにしたり、音楽にしたり、動物にしたり、チャンネルを替えて遊んでいます。私の仕事部屋でもつけっぱなしになっています。誰も見ていないのにテレビだけがついています。私は、基本的に音がうるさくなければそのままにしておきます。子供たちは、あちこち動き回ってまた私の部屋に来れば、テレビが消えていればまたつけるからです。

夜は子供たちを寝かせるときに妻がチャンネルを「ACASA」にします。寝かせるので音は消して字幕で見ています。子供たちを寝かせつけたまま寝てしまうこともありますので、テレビは朝までついている日も多いです。朝になれば子供たちがテレビで遊びますので、結局私の家ではテレビがつけっぱなしになっています。
2005年 3月 1日

結婚してもそれからも

私たちが結婚をしたときには、このサイトのようなルーマニア情報というものが一切ありませんでした。ルーマニアに行って何をどうすれば結婚出来るのかも判りませんでした。役所へ行って、一つ一つ必要な書類を確認するしか方法がありませんでした。ルーマニア側の手続きに必要なこと、日本側の手続きで必要なこと、それぞれ聞きました。結婚するというのはこんなにも大変なことなのかなと考えていたのを思い出します。

結婚してからも何かと手続きが必要になります。その度に、いろいろな所へ聞きに行きました。今でも何かわからないことがあると、関係機関に聞きに行っています。

最近私は、この聞きに行くということはとても重要ではないかと考えるようになりました。必要書類等を確認するということはもちろんのこと、妻と私でひとつのことに向かって進んでいるという、つながりのようなものを感じています。どこにも出ていない情報を手探りで見つけていくのは、新鮮であり楽しくあります。

もしルーマニア人の方と結婚しようと思っている方、相手の方と2人で情報収集するとより一層気持ちがひとつになれると思います。1人より2人の方が心強いですしね。
2005年 3月 2日

出会いがあれば、しばらくの別れもある

この出会いと別れですが、付き合っているとか、結婚するとかいう事ではなく、友達としてでも、日々の生活でも、人と人が会うと必ず離れる時が来ると言う話です。特に日本とルーマニアを行き来しますと、この回数が多くなります。

会うまでは、どう変わっているのかなとか、こんなことも話したいし、いろいろ考えます。会っても久しぶりに会うと、話がつきません。楽しい時間を過ごすことが出来ます。(人と会うために日々努力して生きているんだというと、ちょっと格好良すぎますかね。何気ない会話の中に、生きている価値があるのだと私は思っています。これもちょっと良く言いすぎですかね。)

そんな楽しい時があっても、必ず帰らなくてはいけない時が来ます。話し込めば話し込むほど、この別れはつらいですね。もーつらいですね。また、6ヶ月や1年間会えないと思うと、なんとも言えなくなります。毎月、ルーマニアと日本を往復できれば良いのですが、そうも出来ません。日本にもルーマニアにも生活の基盤があり、家族、友人、知り合い、たくさんの方がいます。会って話せば話すほど、別れはつらくなります。

しばらくの別れは泣きたい気持ちになります。でも私はあえて笑顔でさっぱりと「じゃあね」と言うようにしています。普段の隣の人との会話みたく、明日も会おうねという気持ちを込めています。会おうと思えばいつでも会えるのですから、簡単でいいと心で思っています。そうはいってもつらいですね。

次に会うために努力して、大きくなった自分を見てもらいたいし、会う方も良い意味で変わっている、良い驚きを期待しています。そういう出会いと別れのなかで成長することが充実感につながると思います。出会いがあれば別れがあるからといって、出会うことを無くしてしまってはいけません。出会うことによって、自分が成長できるのですからどんどん出会っていきましょう。別れは少しの時間の別れなのですから。
2005年 3月 3日

時差

日本とルーマニアには、時差があります。現在は7時間ルーマニアが遅れています。今月末の日曜日には、ルーマニアはサマータイムになりますので、6時間の時差になります。

人間の体内時計は、夜更かしするにはそんなに苦労はしないように出来ている。その逆は、大変という話をどこかで聞いたことがあります。日本からルーマニアに行くときを考えますと、ルーマニアは時差の関係で遅れていますので、体内時計は夜更かしすることになります。ですので時差ぼけにあまりなりにくいと思われます。
逆にルーマニアから日本に行くと逆になりますので、大変ということです。体内時計が正常に機能するまでは、時差ぼけというかたちで、変な時間に眠くなったり、朝起きるのがつらかったりします。
2005年 3月 8日

結婚ビザ

ある方のメールで
警察署の外国人科で「日本で(結婚)ビザは申請しないといけない。」
というように言われたとメールが来ました。

早速、これの事実確認をしてみました。
ブカレストの移民局では
(返答1)
「初回の結婚ビザは在日ルーマニア大使館で取得して来て下さい。2回目以降の延長に関しては、ルーマニア国内で延長申請可能です。日本で初回の結婚ビザを取得する場合は、書類は少ないので簡単です。詳細に関しては在日ルーマニア大使館で確認して下さい。ビザ無しでルーマニアに入国し、ルーマニア国内で結婚ビザを取得するのは、今までは出来ましたがこれからは出来ません。ルーマニア国内で出来るのは延長申請だけです。」
と言う話です。これを聞く限り、初回は日本での申請しか受け付けてもらえない内容です。

この質問を別の人が電話でブカレストの移民局に聞きました。
(返答2)
「日本人に対してのビザの切り替えは ルーマニア国内で今まで通り可能です。」
という話です。これを聞くと今までと同じで問題ないとなります。同じブカレストの移民局でも、担当者によって内容が変わってきます。

では、返答1の場合の日本で申請しないといけない場合の在日ルーマニア大使館の返答はというと。
これは冒頭のある方が在日ルーマニア大使館に聞いて英語で回答をもらっています。以下、原文
---(ここから)--
(1) The long stay visa shall be granted to you by the
Embassy of Romania in Tokyo, upon request, for a period of
90 days with one or more entries for the following purpose:
- aliens married to Romanian citizens entering the Romanian territory.

(2) Long-stay visa allows the aliens who entered the
Romanian territory to request the renewal of the temporary
stay right and obtain a stay permit.

The aliens of the categories provided in paragraph 1 shall
be granted visas if:
a) they present the proof of medical insurance for the
period of visa validity;
b) they prove the existence of accommodation conditions;
c) they hold a criminal record certificate or other
document of the same legal value issued by the authorities
from the country of origin.

In addition you have to present a valid passport, two
photos of � cm and the marriage certificate.

The fee is 4,800 yen with one entry and 9,000 yen with
multiple entries.
--(ここまで)--

これを要約しますと、
長期滞在ビザ(結婚ビザ)は、東京のルーマニア大使館で申請し、90日間のシングル、又はマルチビザが発給されます。更新はルーマニア国内で可能です。必要書類は、医療保険証明、滞在宿泊証明、無犯罪証明書又は同等の証明書、パスポート、写真、結婚証明書。料金は、シングル4800円、マルチ9000円。
ということになると思います。

長期滞在ビザの発給というにもかかわらず、90日の滞在ビザしか発給しないのには、疑問が残りますが、ビザの発給は出来るということです。

では、最終的な本題の「ルーマニア国内ではビザなしで渡航して、結婚ビザに切り替えが出来るか」ということについて考えてみます。これは、現在のところ各機関に直接聞いて確認していただくか方法がありません。行ったところの担当者によって回答が違うことも予想されます。あと3ヶ月くらいすると、だいたいの方向性が見えてくるものと予想します。
2005年 3月 9日

価格表示

今はどこへ行っても二重の価格表示になっています。例えば、レストランで食事をしようとすると、メニューに見慣れない数字があります。
チョルバデブルタ  45000   4.5
 と書いてあります。この右側の表示が新しい価格表示になります。両方表記されているので間違いませんが、これが右側の数字だけだといったい4.5leiとはいくらなのかと考えてしまいます。高いのか安いのかの判断が瞬時に出来ません。慣れるまでにはしばらく時間がかかりそうです。
2005年 3月11日

ウルジチの季節

市場にウルゼチが出回ってきました。もう春です。雪も無いですし、日中は長袖シャツ1枚で過ごせます。
2005年 3月14日

インターネット

前からインターネットの調子が悪かったのですが、ここ数日つながらない状態が続いていました。プロバイダに連絡すると向こうではぜんぜん問題が無いということです。でもこちらは問題があるので見にきてくれとお願いしました。

はじめ原因がわからなかったのですが、1つずつ確認していくとインターネットにつなぐPCカードが問題があることが判りました。 PCカードが壊れるのは私は初めての経験です。壊れるものなのですね。仕方ないので交換しました。

今は、ぜんぜん問題なく使えます。 3年でPCカードが壊れるとは納得がいきませんが、これも仕方がないとしました。
2005年 3月16日

日本食

最近私が使っている日本の食材ですが、「昆布」です。だしをとるのに使っています。だしの元(ほんだしなど)もあることはありますが、この「昆布」はいろいろと使えるので重宝しています。例えば、ご飯を炊飯器で炊くときに小さ目の昆布を入れて炊くと、いい味に仕上がります。炊きたての時の香りも良くなります。サルマーレの下味に使ったり、煮物などには必ず入れています。

乾燥昆布ですと軽いので相当量送ることができます。その上、使い道いろいろですので、日本から欲しい食料品の上位に位置します。
2005年 3月18日

寒い

暖かい日が続いていると思ったら、今日の朝は庭にうっすらと雪が積もっていました。家の中は、チェントララで暖房していますので、温度が一定に管理されています。外に出てはじめて風の冷たさを知ることになります。

もう春はそこまで来ているのですが、簡単には入ってこれないようです。この寒さもあと1ヶ月というところでしょう。
2005年 3月20日

エッチなランジェリー

私の手元に1つのカタログがあります。ある日本人の方からいただきました。

このカタログですが、ボディコンやドレスやOLの制服、メイドの服、ナース服、スチュワーデス、バニーガールなどの服の販売用です。下着類もあって透け透けのランジェリーや穴の空いているパンツなどもあります。すごい形のランジェリーですので、見ている私が恥ずかしくなってきます。

ふと後ろを振り向くと妻が立っています。私は、「こんなカタログを見て何やってんの!」みたいに言われると思いましたが、妻の反応は違っていました。直ぐに私からカタログを取り上げると、じっくりと見入っています。全部に目を通すと私に向かって、「これとこれが欲しい」と言います。てっきり怒られる、と思っていた私には妻の意外な反応にびっくりしてしまいました。(怒られると思っていたこと自体、私は不純な動機で見ていたとも言えます。)

早速、注文しました。値段もそんなに高くないので買いやすいです。物が来て見てみても、生地もしっかりしていますし十分使えます。

妻の友達が家に来た時にもカタログを見せると、目を輝かせて品物を選んでいます。こんな洋服やランジェリーは、ルーマニアには無いから興味があるのだと思います。面白い発見と、妻のご機嫌な様子と、こんなカタログからここまで発展するとは思ってもいませんでした。また一つ勉強になりました。

えっちなランジェリーは こちら から購入しました。
2005年 3月21日

ウルゼシ摘み

今年初のウルゼシ摘みに行ってきました。まだ小さいのですが、ポツポツと出ています。

このウルゼシですが、手で直接触ると細い小さなとげが指に刺さります。チクチクした感触があります。でも指を見てもとげが小さすぎて見えません。この痛さに耐えながら摘むと春になったな~と思います。今回は、ほんの少ししか摘めませんでした。
2005年 3月23日

昔はヘビースモーカー

私は、昔は相当な量のタバコを吸っていました。手からタバコを離す事が無いくらい、1日中煙の中にいました。

あれからもう5年が経ちます。今は、タバコを止めて良かったと思っています。子供たちは私がタバコを吸っていたことを知りません。話はしますが、見たことはありません。子供たちの遊びで、紙を小さく丸めてタバコの形にして手に持って遊んでいることがあります。誰の真似をしているのか判りませんが、口に持っていってそれらしいしぐさをします。それを見ると不思議な感じがします。

これからも私はタバコを吸いません。タバコは体に悪いと自信を持って言えます。3年程前のルーマニアの街中は、歩きタバコ、くわえタバコはあたりまえの状況でしたが、今は、道端でタバコを吸っている人を見るのは少なくなりました。それでもよく見れば、まだまだいますが、3年前に比べると相当数減ったと思います。これも時代の流れなのでしょうか。
2005年 3月25日

サマータイム

今日からサマータイムになりました。いきなり午後8時まで日が延びました。これからルーマニアは良い季節を迎えます。のんびりゆっくり、さわやかに暮らせます。
2005年 3月26日

毛糸の帽子

今流行りの毛糸の帽子があります。何と説明すればいいのか難しいのですが、一言で言うと「頭を怪我した時にする伸縮する網目状の包帯。」みたいなやつ。

はじめ見たときには、病人かと思いました。20人に1人くらいは、この帽子をしています。私はおかしいと思うのですが、今の若い人にはこれが良く見えるのでしょうか。
2005年 3月27日

オトペニ空港のチェックイン時間

オトペニ空港には、何時間前に行くと一番良いのでしょうか。というのも2時間前に空港に着いてチェックインして搭乗待合室に行くと、相当待つと思います。 30分もあればセキュリティーからチェックインから出国手続きも全て終わってしまうと思います。歩く距離も150mくらいだと思います。残りの1時間30分を待合室で待つのは退屈だと思います。

私が考える1番良いチェックインの時間は1時間15分前です。セキュリティーチェックをして中に入り、搭乗手続きをし終わるのが1時間前です。出国審査をして、その後の手荷物検査、税関検査をして搭乗口に行くと40分前になります。 20分ほど待つと直ぐに搭乗の案内があると思います。少し余裕がありますがこのくらいが退屈しないで搭乗できる時間配分だと思います。
2005年 3月28日

観光客

今日の夕方のニュースで、「今年は、日本人と中国人の観光客がルーマニアに来る。」と放送していました。どこまでこの裏づけがあるのか判りませんが、アジア人がルーマニアに来るということは、その土地を歩いた感じが変わることが予想されます。どう変わるのか興味があります。まずは、ブカレスト、ブラショフ、コンスタンツァからでしょう。
2005年 3月29日

妻の使っているクリーム

アスラビタール(ASLA Vital、S.C. Farmec S.A.)という名前です。ジェロビタールという製品名は、一度は聞いたことがあると思います。その会社から新しいコンセプトで出された商品です。顔のクリーム、目のクリームなどいろいろな種類があります。妻は薬局へ行ってこれを薦められて購入してきました。

使いだしてから肌のつやが良くなりました。私でも判るくらいはっきりと違いがわかります。クリームをつけた直後でもさらっとしていて肌に良くなじんでいます。ジェロビタールのクリームをつけた時のべたつきが気になる方は、このアスラビタールのほうが良いと思います。

私も少し使ってみました。油っぽくなくつけた後でもさらっとしています。これなら毎日ひげを剃った後につけられます。新しいだけあってよく考えられて作られています。このクリームは、良いです。
2005年 3月31日

ルーマニアに住む事とルーマニアを旅行する事

ルーマニアに住んでいるという事と、ルーマニアに旅行に来るという事の決定的な違いは、
そこに日常があるかないか」だと思います。

旅行で来た場合、日本の日常を離れ、ルーマニアという非日常の世界を旅行しますので、見るもの全てが楽しく驚きになると思います。私もルーマニアに来た当初は、全てのことが驚きで新鮮に感じられました。それが次第に少しの事では驚かなくなり、あたりまえの事になってきます。毎日、朝起きてご飯を食べて、仕事をしてなどなど同じ事の繰り返しになります。卵や野菜、肉を買いにピアッツァに行き、家の掃除もしますし、洗濯物も干しますし、家の修理もしますし、車はオイル交換もします。

そこが日常の生活になった場合、旅行しているという気持ちにはなれません。これが分岐点の気がします。そこには、旅行とは違う不満もありますし、毎日の楽しみ方も違ってきます。そうそう刺激的なことは起こりませんので、日々シンプルになります。

私は、この日常からの脱出を考えています。一番簡単に考えて、ルーマニア国内を車で旅行しようと思っています。直ぐそこに世界遺産があるのに見に行かないのはもったいないです。これもまた非日常の世界に行きますので、見るもの全て新鮮で驚きになると思います。
2005年 4月 1日

時間に余裕が出来てきた

と感じています。子供たちを9時ころに寝かせると、次の日の朝までぐっすりと眠ってしまいます。子供たちを寝かせた後は、妻とテレビを見たり、ゆっくり話したり、今まで出来なかったことが出来るようになってきました。今は、子供たちと私たちは寝室を別にしてあります。これが時間に余裕が出来た一番の理由だと思います。

子供たちも、みんな落ち着いてきたのかとも思います。(幼児特有の)訳わからない行動をしなくなりました。昼間は外で思いっきり遊び、夜はぐっすりと眠るというパターンが出来ました。毎日、だいたい同じ時間に起きて、遊んで、昼寝して、食べて、シャワーしています。

私が家に居なくても、妻が家に居なくても、どちらかが家に居れば、いない理由を説明すれば、泣くことも無く遊んでいられるようになりました。それまでは、買い物をするにも、公共料金を払うにも、みんなで着替えて出かけていました。これがあったために毎日が大騒ぎになって、余裕が無い状態でした。

今は、時間に余裕が出来ると、なんだか「さみしさ」が沸き起こってきます。なぜなのかわかりませんが、なんとなくさみしく思います。静かな環境がそうさせるのでしょうか。不思議な気持ちです。
2005年 4月 4日

冷蔵庫

3年前に買った冷蔵庫を今でも使っています。1ドアタイプで中に冷凍庫がついている型のやつです。今時、日本でこの型を使っているのは、一人暮らしの方くらいでしょう。私の家のやつは1ドアでも大型のやつです。 1m60cmくらいの高さがあります。

当時、この型が売れ筋でした。でも私は好きになれませんでした。それは、冷凍庫の中に霜がつくからです。白い霜が時間と共に増えていきます。ある程度増えると、電気を止めて霜を解かしてきれいにしなければなりません。これが面倒です。

当時、電気は24時間供給ではありませんでした。毎日のように停電していました。停電すると冷蔵庫の中は、温度が上昇します。でもこの霜があると温度上昇をある程度抑えることが出来ます。霜がなければ直ぐに冷蔵庫の中の物が傷んでしまいます。そのため、3年前はこの型の冷蔵庫が売れ筋だったのだと思います。

今は、電気は24時間供給されています。時代遅れの冷蔵庫ですのでそろそろ新しいのを買っても良いかなと考えています。
2005年 4月 6日

ルーマニアで不動産の購入

ルーマニアで不動産の購入をするなら、アパートを買うのは絶対にやめるべきです。

「柱が細い」
これは見た目だけで判断して構造計算はしていませんが、日本のものと比べた場合、明らかに細いです。細すぎです。

「空中に住む」
アパートという共同住宅ですので、もし崩れてしまった場合、自分のいる場所が無くなります。

「火事の時、逃げられない」
アパートの作りに問題があり、火事の時には階段が煙突の替わりになり逃げ場がなくなります。通常、階段は吹き抜けになっていますので、どこから火が出ても階段全てが煙突の替わりになって、階段自体使えなくなります。日本の場合ですと2方向避難の作りになっています。これは、階段側がふさがって逃げられない場合、バルコニー側から逃げられる作りになっています。ルーマニアのバルコニーの作りは各戸で使う簡素な作りですので、そこからは逃げられません。バルコニーに窓枠をはめて閉めてしまっているアパートもあります。こんな問題のあるアパートばかりです。

「公共料金の支払い額が不透明」
古いアパート、メーターをつけていない戸は、水道代と温水代、暖房費などをアパート1棟で管理組合が支払い、各戸に住んでいる人数で割って請求しますので、使わなくても請求されます。

「エレベータが小さい」
快適とは言えないエレベータがアパートに1基か2基ついています。住人の数からすると明らかに小さいし基が少ないです。アパートの値段も2階が一番高く上に行くほど安くなります。このエレベータの問題もその理由の一つになっていると思われます。

「窓から外を見ると他人のパンツが干してある」
アパートを作るときに南向き、東向きなど関係なく建てています。北向きにバルコニーがあるアパートもあります。このため朝起きて寝室の窓を開けると、向かいのアパートに干してある洗濯物を見ることになります。

以上の理由から私は、アパートを買うのはやめた方が良いと考えています。現在のアパートの価格ですが、コンクリートとブロックから作った粗末な作りにしては高いと思います。価格が高騰しすぎと考えています。もし投資を対象とするのであれば、私は土地を購入することをお勧めします。アパートは崩れて無くなることがありますが、土地であれば、無くなるということはありませんのでその分のリスクを減らせます。
2005年 4月 8日

日本語

妻の話す日本語は、私はうまいと思います。ほとんど問題なく日本語で会話出来ます。私がここロマンでさびしくなく居られるのも妻と話す日本語があるからだと思います。でも、そんな妻でも聞き間違える日本語があります。

「行かないと」
です。私が言うと妻は「行かない」と思うみたいです。最後に「と」があるだけでまったく意味が違ってきます。行かなければいけないのと、行かないのとでは行動が180度違います。私が「行かなければいけない必要がある」みたいに説明すれば良いのでしょうが、日ごろ使わない言葉はなかなか使えません。これを説明するのにも難しいです。

最近の妻の使う日本語は「じゃあ」です。何かと使っています。「じゃあ、行く?」「じゃあ、だめじゃん」みたいな使い方です。妻が使うということは、私が話しているということです。そんなに「じゃあ、じゃあ」と言っているつもりは無いのですが、知らないうちに使っているのだと思います。

子供が使う日本語も、私が使う日本語です。それ以外に聞く日本語が無いのですから当然です。責任重大です。今のところ大丈夫そうです。何が大丈夫かと言うと、汚い言葉は日本語ではなく、ルーマニア語で言うからです。私が話さない限り、日本語の汚い言葉は知る機会がありません。これはこれで結構気を使いますが、重要です。もう少し大きくなれば、いやでもいろいろな日本語を聞きますので、それまではきれいな日本語をと思っています。
2005年 4月 9日

ガソリン価格

また上がってきています。1リットル約128円しています。ルーマニアでは、高すぎる値段だと思うのですが・・・。
2005年 4月10日

トゥルグムレッシュへ

またトゥルグムレッシュ(Targu Mures)へ行ってきました。今回2回目ですが、やはり良い街です。雰囲気がすごく良いです。今回、気温が丁度良かったため街中を歩いてみました。日曜日ということもあり、中心街を車の通行を出来なくして、歩行者天国にしてありました。毎週日曜日は歩行者天国になるという話です。

危ないという雰囲気がぜんぜんありません。歩いていても快適です。人のレベルがぜんぜん違います。こういう街がルーマニアにあるのだなと改めて思いました。
2005年 4月12日

不動産、基準通貨

ルーマニアで日常使われている通貨は、レイです。0が沢山あるプラスチックで出来た紙幣を使います。市場でもガソリンでもレイで支払います。

これが不動産の取り引きになると、ドルとユーロも出てきます。3年前はドルでの取り引きが主流でした。アパート2部屋4,000ドルとか、3部屋6,000ドルなどとして取り引きされていました。3年前は1万ドルあると相当すごいアパートが購入できました。私は、今でも現在あるアパートの本当の値段は、この3年前の価値しかないと思っています。それが、1年前くらいからはユーロの取り引きが主流になってきています。アパート2部屋20,000ユーロとか、3部屋30,000ユーロとして取り引きされています。

現在はというと、昨今のユーロの対レイでの下落もありレイでの取り引きをする場合もあります。日々、ユーロの価値が下がっているので、レイで値段をつけている場合も多くなってきました。アパート3部屋1,200,000,000レイとか価格表示されています。私はさすがにこれだけ数字が大きくなると瞬時に高いのか安いのか判断が出来なくなります。「ウン ミリアルダル ドウステ ミリアネ デ レイ」と言われてもオイオイちょっと待ってくれよ。となってしまいます。

ルーマニア人は、今一番価値のある通貨で取り引きするという流れがあります。今後の不動産取引は、レイが主流にしばらくはなりそうです。その後、ドルかユーロが戻すとそちらに流れていくものと思われます。通常の、肉や野菜、日常品は変わることなくレイでの取り引きが主流です。

参考までに現在の値でのドル、ユーロ、レイの円への換算値
[4000ドル=432,000円]、[6000ドル=648,000円]
[20,000ユーロ=2,800,000円]、[30,000ユーロ=4,200,000円]
               [1,200,000,000レイ=4,800,000円]
2005年 4月14日

庭の片付け

私の念願であった「庭一面の芝生」ですが、最終段階にきています。庭の手入れや、家の中の工事のため、庭の一角に鉄の棒や針金などの建築材料が積まれていました。今回、人にあげたりゴミとして出したりしています。要らない木も何本か切ってしまいました。大分すっきりとしてきました。

さらに今回、庭の一部(7m×11m)をフェンスで囲って犬の居場所にすることにしました。昼間は、犬たちはその中にいて、夜は開放してあげて番犬になってもらう考えです。昼間は、私たちが主役、夜は犬たちが主役という風に住み分けをしようと考えました。鎖でつないでいるのはかわいそうなので、ある程度自由になる方法を考えました。

子供たちは、3輪車や車に乗り、勢い良く走っていますので、庭の中を1週回れるように、コンクリートで道を作ることにしました。庭を一周出来るようになれば、ほっといても勝手に遊ぶことが出来ます。

そして、私の夢である一面の芝は、それ以外の場所全てにすることになりました。「朝起きて、庭に出て一面の緑の中で、朝食が食べたい。」そんな思いも出てきました。これから夏にかけて一番良い時期を迎えます。妻も子供も最終的な庭の形を見れば、私の思い描いていたイメージが実感出来ることでしょう。「畑にしなくて良かった。」と言われる庭にしようと思っています。
2005年 4月15日

日本人と結婚した方がテレビに

昨日、土曜日の恒例の番組の「スルプリゼ スルプリゼ」を見ていましたら、日本人と結婚したルーマニア人奥様が出ていました。インタビューを受けていたのは、彼女のお母さんで、「6年間日本に娘が行ってしまって1度も帰ってこない」というような話をしていました。そこへ日本から生放送で娘さんの映像とお子さん(赤ちゃん)の映像が流れてきました。旦那さんのお母さんと二人で赤ちゃんの世話をしているところが映っていました。奥様は、着物を着ています。娘さんのお母さんはその映像を見て涙ぐんでいます。司会のアンドレア マリンさんが、中継先といろいろと話していますが、娘さんのお母さんはもう直ぐにでも泣きそうな顔です。

実は、娘さんと旦那さんのお母さんは、スタジオに来ていました。日本からの中継に見せかけて、スタジオのセットにいました。扉が開いた瞬間、娘さんの姿がスタジオに見えます。娘さんのお母さんが駆け寄ります。そして抱き合います。 6年ぶりの再開です。

私は久しぶりに感動してしまいました。 6年間会わないと、どういう気持ちなのだろうかとか、子供も出来てさぞ嬉しいだろうなとか、いろいろと考えてしまいました。妻も、感動して涙ぐんでいます。私たちのことに重ね合わせて見てしまいました。

でも、なんとなく気になることがありました。それは娘さんが着物姿でいたことです。今時、着物で子供の世話をしている人がいるのでしょうか。それ以前に、着物で生活している人がいるのでしょうか。一緒にいた旦那さんのお母さんは普通の洋服を着ていたので、一層その違和感がありました。どう考えてもおかしいと思います。私が日本に行き、こちらの民族衣装を着て、家で子供の世話をしていたら、おかしいと思うのと一緒です。いくらテレビでもそれは無いだろうというアンバランスさです。

娘さんの気持ちやお母さんの気持ちを考えると、私も大泣きしたいくらい感動したのですが、格好が格好だけになんだかコメディーを見ている気がして、感動が半減してしまいました。アンドレア マリンさん(ディレクター)も、もうちょっと考えて欲しかったなと思いました。
2005年 4月16日

木々に花や葉が

町並みが変わってきました。このところの陽気で木々に花や葉が出てきました。白やピンクや緑の色が、街中にあります。今までグレーと茶色が主な色の街だったのが、変わってきました。いよいよ良い季節です。日中は半そでで過ごせます。
2005年 4月18日

寒い、異常気象

雪、雪、雪・・・・・!
良い季節になり半そでで過ごせると思ったら、昨日の夜から雪が降っています。それも積もっています。今も降り続いています。おいおい、どうなっているのと言わずにはいられません。今日は、寒いです。

ルーマニアの南西部では、雨が大量に降ったため、床上浸水しているところもあります。軍がヘリコプターとボートを使って救援物資を運んでいる映像が流れていました。おかしな気候です。
2005年 4月22日

今日は暖かい

昨日、雪が降って寒かったのが嘘のように、今日は暖かいです。雪も直ぐに融けて無くなってしまいました。
2005年 4月23日

日本人と結婚した方がテレビに 2

4月16日に「スルプリゼ スルプリゼ」に日本人と結婚したルーマニア人奥様が出ていました。と書きました。

もう一度、その文章を読んでみると、ちょっと誤解するような書き方をしていると思われます。というのも、あの記事をアップした後に1通のメールを頂きました。「日本に行ったルーマニア女性は、着物を着ている姿を見せたい。着物は高い=お金持ち、だから日本で言うブランド物、私は(着物を着てテレビに出たい気持ちが)良く分かる。」という内容です。

私が、「着物姿はおかしい」と書いたので、このようなメールを頂いたのだと思います。本当にお手数をかけて申し訳ない気持ちです。私も着物を着てテレビに出たい気持ちは充分理解できます。ルーマニア人奥様は、着物の着付けもうまいし、きれいでした。一緒になって感動して見ていました。

私が、「着物姿はおかしい」と書いたのは、その番組の構成がおかしいのでそう書いてしまったのです。はじめ、奥様のお母様にアンドレア マリンさんが質問をして聞いていきます。娘は日本にいるということです。子供もいると言う話になり、そこで日本からの中継に見せかけて、奥様と子供と旦那さんのお母さんの3人の映像が流れました。奥様が着物を着ていて、旦那さんのお母さんは、普通の洋服でした。この時点で、これはどこから中継しているのだろうという疑問が出てきました。日本からの中継にしては、すごく不自然な形に見えました。バックがレースのカーテンで、こんな場所、日本の家の中ではないだろうという雰囲気です。

しばらくすると、扉が開き、実は3人はスタジオにいたということで、感動の再開になります。この時、奥様が子供を抱っこしていて、その後ろに旦那さんのお母さんがついてきていました。家族は観客席にいて、奥様たちは、スタジオの一番奥の扉から出てきましたので、10mくらいの距離を歩きます。着物姿の奥様と洋服姿の旦那さんのお母さんが一緒に歩いているのも、不自然な感じをうけました。

私が、何を言いたかったかというと、日本というものを全面に出したかったのなら、せめて日本人のお母さんにも着物姿で登場してもらいたかったと思います。二人で着物姿で登場であれば、違和感も無かったと思います。全部がばらばらでしたので、おかしいと思いました。ということが言いたかったのです。すいません。いろいろとお手数をお掛けしました。
2005年 4月24日

「METRO」に入れない

「METRO」というのは、大量購入出来る卸問屋の大型店舗です。普通のルーマニア人は入ることが出来ない、ちょっと敷居の高いドイツ系のお店です。食料品から日用雑貨など普段使うものが安く売っています。ルーマニア国内のマガジンやスーパーの会社の方がMETROカードを作り、仕入れをするのがこのお店の特徴です。私は外国人ということで、パスポートを提示することで中に入れて購入出来ました。ある方から、このMETROのカードをもらうことが出来ましたので、最近はカードの提示だけで中に入って買い物をしていました。

ところが、今日、カードを提示して中に入ろうとすると身分証明書の提示を求められました。身分証明書を見せるとカードの名前と違うので入れないということです。借りたカードなので、これはそう言われれば仕方がありません。

では私は外国人なのでパスポート見せて入れるのかと聞いたところ、「パスポートの提示では入れなくなった」という事を言われてしまいました。どうお願いしても、規則が変わったということで、それ以上取り合ってくれません。スーツを着た偉い人にも話しましたが、「残念だけど」と言われてしまいました。

多分今月から規則を変えたのだと思われます。会社の人間以外は全て排除するように変えたみたいですので、もう私が個人的に入るのは無理でしょう。なんとなくしっくりいきませんが、仕方がないとあきらめるしかないと思います。

年間で使う食料品代、生活用品代、日常雑貨代の60%くらいをこのMETROで購入していました。相当な金額です。外国人を入れないようにしても、今のルーマニア国内の会社を相手にしても商売が成り立つと判断したのだと思います。相当な勢いでルーマニア国内は発展しているとも言い換えられます。なんとなくさみしいですが、これも時代の流れなのでしょう。

昔は、METROみたいに商品を手にとって選んで購入出来るような、スーパーマーケット形式のお店がありませんでした。日本では、スーパーマーケットは、普通の存在ですが、ここルーマニアでは、まだまだ浸透していない形式のお店です。主な都市以外では、商品棚が店の奥にあり、店員に言って取ってもらう形式のお店が主です。ルーマニア語が話せないと商品の1つ1つを買うのにも大変なシステムです。そんなこともあり、METROに行くと私の知っているシステムでしたし、いちいち話さなくても良かったので、息抜きを兼ねて行っていました。

でも、もう行かないでしょう。ここロマンにもスーパーマーケットが最近出来ました。値段も安いですし、品物も十分揃っています。近くにスーパーマーケットがあるということは、生活のスタイルが少し変わると思います。こうやってEU加盟に向けて生活が向上していくのかなとMETROの件から脱線しましたが考えてみました。
2005年 4月27日

今週は野菜スープばかり

イースター前は肉類を食べてはいけないということで、毎日、野菜スープです。それでいて、家の中の大掃除をしないといけないので、体は直ぐに疲れがきてしまいます。(本当は先週までに掃除は終わらせなくてはいけなかったみたいですが、私の家ではまだしています。)野菜も良いけれど、力になるものを食べたいなと、私が思うのではなく、体が欲しがっています。あと2日の我慢です。
2005年 4月28日



ルーマニアの音 エントリー

  1. 今週は野菜スープばかり
  2. 「METRO」に入れない
  3. 日本人と結婚した方がテレビに 2
  4. 今日は暖かい
  5. 寒い、異常気象
  6. 木々に花や葉が
  7. 日本人と結婚した方がテレビに
  8. 庭の片付け
  9. 不動産、基準通貨
  10. トゥルグムレッシュへ
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