夏も終わり

朝晩、涼しくなってきました。もう夏も終わりです。今年は天候が悪かったせいもあり、夏らしい夏ではありませんでした。もっと気温が上がり死にそうな暑さになるのが、今年はとても過ごしやすい、ほどよい暑さの夏でした。これからの私の家の予定は、洋ナシの収穫と、ぶどうの収穫があります。それと冬の保存食つくりがあります。野菜は今年は高くなりそうな気配ですので、市場で良いものが安く出た一瞬を狙って購入しようと考えています。
2005年 9月 2日

家の改修工事

いろいろと手を加えてきました。防犯上のことから、使い勝手の良いようにと考えてきました。念願の庭の芝も出来ましたし、家具などの内装も揃ってきました。やっと完成しました。

何だかんだいって四年も掛かりました。一つ一つ材料の手配からしましたし、気に入るものが無ければ待ちました。冬は工事自体が出来ませんので、実質、夏の時期の四工期で作りました。通年出来るとすると一年半から二年くらいの工事内容です。

私は建築の電気設備を知っています。工事のやり方を知っています。材料もある程度は判っています。必要なところと、削れるところを知っています。それでも、このルーマニア流の工事の仕方は、疲れました。

品質管理から工程の組み方、職人の手配の仕方、など国が違えばぜんぜん違うやり方になります。完成したから言えますが、今はこのルーマニア流の工事の仕方は気に入っています。何が一番良いかと言うと「工期を守らなくて良い」この一言につきます。こんな工事の仕方で良いのかと思いましたが、出来ないものはしょうがないのです。それに関しては、どこの工事現場の施主も文句を言っていないみたいです。

工事をして良い日は、基本的に日曜日以外の日になります。一週間で六日間は工事出来る事になります。しかし、そうではないのです。例えば、ルーマニアは宗教上の祭日が多くあります。今日は、オルトドックスの祭日になるから工事はしてはいけない。という日があります。まあ、これは仕方がないです。それと、今度は使っている職人がカトリックだった場合、オルトドックスの祭日にプラスしてカトリックの祭日も休みになります。(意外とカトリックの人たちのほうが、仕事に対する姿勢は、まじめです。だからカトリックの人たちを使いたくなります。)そんなわけで、一週間の内で休みのほうが多い週もあります。冬以外の工事の出来る約六ヶ月の間には、イースターもありますし、夏休みもあります。こんなに休みが多いと施主としても文句が言えなくなるみたいです。

そういう休みの多い中でうまく工程を組んで完成させましたので、充実感、達成感はあります。今年で一旦工事は完了です。まだ改修したい個所はあるのですが、それはじっくり冬の間に次の工程を考えたいと思います。
2005年 9月 4日

おいしいキノコ

今週の日曜日、月曜日、とピアッツァにおいしいキノコが出回りました。このおいしいキノコ、仮に「キノコ-H-」としておきます。キノコ-H-ですが、いろいろな森に行ってもほんの少ししか見つけることが出来ません。貴重なキノコです。1kgで50,000lei(約200円)します。

味は、もう最高です。このキノコ-H-を食べたら他のキノコは、食べられなくなるくらいおいしいです。香りから食感から味から、申し分ないです。

売っている方に今度取れたらピアッツァ(※注)に出さないで直接連絡をくれるように話をつけました。(※注、ピアッツァではキノコの販売は禁止ですので、ピアッツァのそばの路上です。)他のキノコは要らないからキノコ-H-だけ10kgほど欲しいとお願いしてきました。今週と来週で取れるか取れないか分かるでしょう。私の家では、これを煮てその後、冷凍保存しておきます。これでいつでも食べることが出来ます。
2005年 9月 6日

コルク抜き

ルーマニアはワインが安くておいしいので、毎日のようにワインのボトルを開けてしまいます。私は、赤が好きです。それも濃い目の味が好きです。いろいろな銘柄を試しています。

毎日の私の作業があります。ワインのコルクを抜くことです。先がラセン状になったワインのコルク抜きを回して入れていき、全部入ったところで手を持ち替えて、ワインのビンをおさえながら右手でコルク抜きを引っ張って取り出します。これが結構、重労働です。毎回、毎回、手が痛くなってしまいます。

でもこれは昔の私の姿です。今はというと、コルク抜きを回しながら入れていくと自然にコルクが抜ける器具を使っています。誰でも回して入れていくだけで、自然にコルクが抜けてしまうのです。不思議なのですが、簡単に抜けてしまいます。今までの苦労はなんだったのだろうというくらいです。

ルーマニアに持っていくお土産にも最適です。みんな驚いた顔をすることでしょう。お勧めします。
コルクスクリュー

こちらの ワインホルダー もお勧めです。
2005年 9月 8日

準備

月曜日から子供たちは、幼稚園に行きます。カバンから洋服、靴まで一通り揃えました。あとは月曜日を迎えるだけです。

なんとなくさみしい気がします。今まで24時間いつも一緒に居たのが、月曜日からは日中は離れます。きっとすごく静かな家になるのだろうなと今から予想しています。
2005年 9月10日

選挙

自民党すごいですね。小泉さんの独裁色が強いですが、危ない方向に進まないことを願っています。

というより国民が決めたことなのですから、受け入れなければいけないのですが、それにしても危ないくらいの圧勝です。郵政民営化は、みんな賛成ということで、それ以外の消費税や憲法改正などは国民の賛成はまだ得られていないと考えるのが普通でしょう。これでなんでもかんでも自分の思い通りにしようと思わないほうが良いと私は思います。でもこんな圧勝をしたら、今までいろいろと言ってきた議員も言えなくなるでしょうね。本当に危ない方向に行かないことを望みます。
2005年 9月11日

幼稚園 初登園

今日から幼稚園です。嬉しいのですが、なんだか子供たちが遠くに行ってしまったみたいな、複雑な気持ちです。家の中がすごく静かです。今ごろ食事しているのかな。もう直ぐ昼寝の時間かな。など、考えてしまいます。
2005年 9月12日

幼稚園 2日目

子供たちを送っていくと私と妻と2人きりになります。お互いに家の中のことを忙しそうにしています。妻は、洗濯物を干したり、家の中を掃除したりしています。私は、テレビ配線の調子が悪かったのでそれを直したり、外壁の補修をしたりしています。

ふと時計を見ると12時です。まだ12時です。時間が長く感じられます。今までは、子供たちと大騒ぎの毎日でしたので、1日があっという間でした。それが時間が長く感じられます。忙しそうにしていて気分を紛らわしていても、それでもまだ時間が経つのが長く感じます。

まだしばらくは慣れるのに時間が掛かりそうです。
2005年 9月13日

幼稚園 3日目

長男が幼稚園に行きたくないと言いました。なぜと聞くとそれには答えずに、家に居たいと言います。私は、なんとなく長男の気持ちがわかります。

でも行かなければいけません。

長男も大変でしょうが、私も妻も大変です。今は、祈るような気持ちでいます。
2005年 9月14日

ブカレスト

ほんの少しの時間ですが、ブカレストに行ってきました。その変わり方はすごいものがあります。車で行くとブカレストには中国人街のピアッツァヨーロッパ側から入りますが、ピアッツァヨーロッパは相当変わってきています。きれいな建物も増えてきていますし、なんとなく雰囲気が良くなってきています。道路の中央部に柵を設けて、左折車両を制限して、車の通行がしやすくなっています。

今回はウニリやモールあたりをウロチョロしたのですが、「ヨーロッパみたい」でした。今までは、顔は西洋系ですがアジアみたいな雰囲気がありました。これからもどんどん変わっていくのでしょうね。私は変わっていくことには大賛成ですが、その変わる内容が外見だけでなく、人々の心も変わってくれるともっと良いなと思っています。
2005年 9月15日

寒い

いつもながらこの暑い時期から寒い時期への変化が急すぎるので、体がまいってしまいます。昨日まで暑かったのに、今日は朝から風が強く寒いです。午後からは、暖房を入れました。これからのルーマニアは、日に日に厳しさが増します。
2005年 9月17日

私の家の必需品

それは 炊飯器
です。 220V仕様のものがあります。わざわざ日本で購入して持って来ました。1台目の炊飯器が壊れた時など、直ぐに関係する方に連絡をとって日本から持ってきてもらいました。現在でも2台目炊飯器は、毎日良い仕事をしています。

ご飯が食べたくなるときは、直ぐに欲しくなりますよね。米を研いで炊き上がるまで待っていられないですよね。食べたいと思ったときに炊飯器の蓋を開けるとそこにご飯があったほうが嬉しいですよね。炊き上がりの仕上がりから、保温の機能まで付いているのは、やはり日本製が一番です。炊き加減も、保温の仕方も良くわかっています。

わざわざ日本から買って持っていっても、この 炊飯器 だけは損はないです。無いと後悔しますよ。
2005年 9月19日

ルーマニアにいて「こんなことが出来たらな」が出来た

ルーマニアに長くいると困ることがあります。

いろいろな会社の資料請求をしても海外宛には送付してくれません。クレジットカードの請求書も日本の住所宛に送られます。インターネットでショッピングをしても海外発送はしないところがほとんどです。 (良いものは日本の通販が多いので私など相当利用します。) ヤフーオークション、結構利用していますが、落札しても海外発送してもらえません。

日本の住所に来た手紙を海外に送ってくれるところは無いかなとずっと思っていました。通販で買った商品とオークションで落札した商品をまとめて一つの小包にして送ってくれるところは無いかなとずっと探していました。

やっと見つけることが出来ました。

この会社、女性の社長ですので、ほんとうに気配りが行き届いています。また使いたくなる会社です。
【海外転送サービス 】
2005年 9月20日

チェリー酒

すっかり忘れていました。今年のチェリー酒をまだ飲んでいません。明日あたり飲んでみようと思っています。
2005年 9月21日

ガソリン代節約

私の車にあるものを取り付けました。ガソリン代を節約するあるものです。こんな簡単にガソリン代を節約出来るのなら、早く付ければよかったと思っています。そのあるもののレポートは、 こちら です。
2005年 9月22日

ぶどう摘み

今月末ころにぶどうを摘みます。ぶどうを積む前には、いろいろとしなければいけないことがあります。まず家の樽を出して中に水を入れて、漏れないか確認しなくてはいけません。

倉庫から出してきて、水を入れると、水が漏れる状態です。春夏で樽が乾燥するので、木と木の間に隙間が出来てしまうからです。このスカスカの状態ですが3日も水を入れておくと、1滴も漏れなくなるから不思議です。後は、ぶどうを摘むタイミングです。水曜日ころかなと思っています。
2005年 9月24日

幼稚園 三週目

もうすっかり幼稚園に行くことが定着してきました。朝起きても、「行きたくない」と言うこともなくなり、自然に着替えて行っています。子供たちが行ってしまうと、家の中が本当に静かです。さみしい反面、成長したなとしみじみ思います。
2005年 9月26日

明日はぶどう摘み+保存食つくり

明日、天気が良ければぶどうを摘みます。これは私の仕事です。それとゴゴネリ(トマトの青いやつ)を保存食用に漬けます。これは妻の仕事です。

こういう保存食をつける前の日は、体をきれいに保っておかなければなりません。きれいな体で保存食つくりをします。という訳で、保存食をつける日の前日のエッチは禁止です。(生理になった場合も保存食つくりは出来ません。)・・・ということです。
2005年 9月27日

ぶどう摘み

ぶどう摘みしました。摘んでは、樽に潰しながら入れていきます。摘み取りの時の、指でぶどうの房をちぎるのをしすぎで、右手の指の感覚がありません。そして、右手の皺のひとすじ、ひとすじが黒くなってしまいました。

毎年の事なのですが、でも大変です。今年のぶどうの出来ですが、普通という感じです。とびっきり甘いとかいうことも無いですが、おいしくないということも無いです。普通ということは、それほど上等なワインが出来ることもないと思います。私と妻で、寝かせる樽に入れたら春まで飲まないでおこうという話もしました。どうなることやら。

今年は作る量を少なめにしました。 250リットルの樽一つです。三日ほどしたら寝かせる樽に入れ替えようと思っています。私は、この入れ替える時のぶどうジュースが一番おいしいといつも思っています。ワインよりぶどうジュース、私はまだ子供か・・・。
2005年 9月28日

ブカレストで大変

最近、ブカレストに用事で何回か行っています。自家用車で行くのですが、今回はいろいろと問題が重なって大変な思いをしました。ブカレスト行きは、何も問題なく行けたのですが、帰りが問題でした。

ブカレストでの用事を終え、日曜日の朝8時にブカレストを出発します。出発しようとしますが、車のエンジンがかかりません。朝から雨が降っていて、なんとなく気分が悪いです。何度かセルを回しますが、かかる様子がありません。仕方なく、近くを歩いている人にお願いして、車を押してもらいます。これで押しがけをしようとします。しますが、何度してもかかりません。エンジンが回りません。

私は一応、ある程度、車のことは知っていますので、自分でエンジンルームを調べます。でも問題ありません。エンジン内にガソリンが多く入ってしまって、かぶっている状態だと思ったのですが、押しがけでもエンジンがかからないということは、何か違う問題があるとも思われます。偶然に止まった場所の近くにサービス工場があったので、見てくれとお願いしました。日曜日なので、おじさん一人しかいなく、丁度雨が強く降っていることもあり、ぶつぶつ文句を言っています。でも、頼み込んで見てもらいました。問題解決しなければ、私は家に帰ることも出来ません。

プラグを外して見ると、かぶっています。プラグをきれいにして、再度セットしてエンジンをかけてみます。かかりません。

この際だからプラグを交換してみようということになりましたが、日曜日ということもあり部品屋はやっていません。仕方なくガソリンスタンドを探し、プラグを見つけて購入します。プラグを購入して帰るときに、また雨が強く降ってきて、私はずぶ濡れです。サービス工場に行くと、おじさんがコーヒーを入れていてくれました。雨に濡れて冷え切った体に、暖かいコーヒーは、本当においしかったです。おじさんの優しさに感謝してしまいました。

この時点で、11時です。雨は、どしゃ降りです。プラグの交換は、雨が止んでからしようと言う話になり、それまでいろいろと話をしました。家族のことから仕事のことからいろいろと話しました。このおじさん、見かけは汚い格好の作業員なのですが、コンピュータを知っていて、それもかなり詳しく知っています。私もコンピュータを知っていますので、じゃあちょっと一つ問題があるから見てくれということになり、コンピュータのある部屋に連れていかれました。工場の一角にきれいな部屋があり、そこに結構良いノート型のコンピュータが置いてあります。テレビチャット用にカメラやマイクロホンまでセットされています。最高速度10Mbpsのインターネットが接続されています。(最高速度10Mbpsでも実際は400Kbpsくらいです。)たいした問題でもなく、設定をいじって使えるようにしてあげました。

雨が小降りになってきたので、プラグの交換をします。交換自体、5分ほどです。エンジンをかけてみます。 かかりません

おじさんが最終手段で、車でけん引して、押しがけをしようということになりました。おじさんの車を出してきてもらい、ロープでつなぎます。はじめはゆっくり引いてもらい、徐々にスピードが乗ってきたところで、クラッチをはなします。1回でかからずに、何回かすると弱いながらもかかりました。車を止めて、空ぶかしでエンジンを温めます。もう大丈夫ということでサービス工場まで自走して行きます。サービス工場についたところで、またいきなりエンジンが止まります。再度エンジンをかけるためにセルを回しますが、ぜんぜんかかりません。仕方なく、おじさんの車でまた引っ張ってもらいます。けん引してもらって、スピードが出たところでクラッチをはなすと、直ぐにかかります。路肩に十分にエンジンを温めるためにそのままアイドリング状態にしておきます。

おじさんは、ロマンに帰らずに明日、お店が開いたら再度、電気系統の部品などを買って異常が無いことを確認してから帰ったほうが良いと言っています。私もそう思いました。思ったのですが、今、車はエンジンがかかって走ることが出来ます。一度エンジンを切って、再度エンジンがかからなかったら、明日まで待つと決めました。おじさんも了解しました。

エンジンを一旦切ります。再度、セルを回してエンジンをかけます。 一発で簡単にかかりました。 私は、半分あきらめていたのでかかったことに驚いてしまいました。かかってしまったので、帰る事が出来ると思いました。おじさんもOKしました。

ずぶ濡れの洋服をサービス工場内で着替えさせてもらい、チップを多めに含んだ作業料を支払い、丁寧に挨拶してロマンに向けて出発しました。この時点で13時30分です。

朝からの大雨の影響でブカレスト市内は、所々水が出ています。なんとなく嫌な予感がしたのですが、そのまま車を走らせます。ピアッツアヨーロッパ(中国人街)に向かう道で行きます。途中、マクドナルドが左にみえたところで車が渋滞しています。まったく動きません。 30分待っても10メートルしか進みません。1時間待ってようやく動いたと思ったら、マクドナルドの橋を渡った先の道路が浸水しています。マキシータクシーがぷかぷかと船のように浮いています。車は完全に通れないくらいに水が出てしまいました。

仕方なく、みんなが右に曲がっているので迂回路だと思いついていきました。団地の中を抜けようとしますが、もう少しのところで、また渋滞です。団地の中の道が狭いので交互通行出来ません。両方から大量の車が来てしまった為、どちらも動くに動けなくなってしまいました。それでも300mを1時間くらいかけて進み、やっと元の道に出ることが出来ました。

ピアッツアヨーロッパを抜け、メトロを過ぎたのが、15時30分です。その先のブザウ(Buzau)のところの橋が以前の大雨で決壊してしまったので、30Kmほど迂回します。迂回する道が狭いのでそこで1時間ほどかかります。それ以外は、順調で、雨もほとんど降りませんでした。道もすいていて快適に来る事が出来ました。

結局、ロマンの家に着いたのが20時30分です。朝8時から夜の8時30分まで家に帰るまでかかってしまいました。 12時間は、ちょっとかかりすぎです。しびれました。

今回、車の故障とブカレストの大雨という、この2つが重なり大変な思いをしました。でも良い経験だと思っています。家に着いて、妻の顔を見たらホッとしました。しばらく抱き合ってしまいました。
2005年10月 3日

一人で・・・

夜、三男の顔を見ると何かが違います。

髪の毛が一部分無いのです。家のバリカンを使って、おでこから中心にかけて10cmくらい刈っていました。一人で勝手にスイッチを入れて刈ってしまったみたいです。

これはこれで面白いので、そのまま幼稚園に行かせたかったのですが、妻は直ぐにバリカンを持ってきて、他の長いところを刈ってしまったところと同じ長さにそろえました。最終的には、五分刈り程度の坊主になりました。本人は、今回のことはあまり気にしていないみたいです。
2005年10月 4日

ルーマニアから日本への手紙の送り方

今はEMSがありますので、EMSを使って送る方が多いと思います。でも料金が高いです。普通の郵便で送ると料金は安いのですが、紛失の可能性があります。

もう一つの方法があります。「航空便書留」と言って書留で送る事が出来ます。郵便局で[PAR AVION, RECOMANDAT]と言うとこれになります。これは、送付するときに荷物追跡番号をもらえますので、ルーマニアの「POSTA」のサイトか、日本の郵政省のサイト内の[EMS]で荷物追跡番号で現在位置を確認することが出来ます。(書留ですが何故かEMSで追跡できます。)紛失する可能性が相当低いです。約1週間で到着します。

EMSの高い料金を払うなら、こちらの航空便書留がお勧めです。ルーマニアから日本へ手紙を送る場合は、間違いなく安いです。安くてもほぼ確実に日本に到着します。
2005年10月 5日

車の調子

今週は、ずっと子供たちを幼稚園まで送っています。朝は、寒いのでかわいそうと思ってしまい、ついつい車で送ると言ってしまいます。(今からこれだと、多分冬の間はずっと送ることになるでしょう。)

以前、ブカレストで車のエンジンがかからなくなった話をしましたが、現在は、毎朝一発でエンジンがかかります。修理にプラグは交換しましたが、それ以外は何もしていません。原因がプラグだったということにしても良いのですが、私は何となく「ガソリンに問題」があるような気がしてなりません。一部のガソリンスタンドは、何か違う物を混ぜたガソリンを売っているような気がします。現在のガソリン価格の高騰と合わせて、安い何かを混ぜて売って、儲けを多くしているような気がします。そう考えないと、ブカレストだけ私の車の調子がおかしかった理由がわかりません。

それか、大雨には私の車は弱いということでしょうか。車の内部で雨漏りがしているのかな、などとも考えてみました。 1時間あたり何ミリ以上の雨が降ると自動的にエンジンがかからなくなるよう制御するのでしょうか。結局、この中のどれかが原因だと思っています。今は問題ないので大丈夫ということにしておきましょう。
2005年10月 6日

タクシー代

ブカレストのタクシー代は、安いですね。1Km1万レイ(約40円)です。 10万レイ(400円)あれば、ブカレストのどこへでも行くことが出来ると私は思います。

ロマンのタクシー代、高いです。 1Km1万5千レイ(約60円)です。ロマンの町は、ブカレストに比べれば、本当に小さい町です。でも、どこへ行くにも10万レイかかります。ちょっと行くと7万レイとかになりますので、またチップを当然のように要求してきますので、10万レイ支払うことになります。

ロマンの町のタクシー代は、なぜ高いのでしょうか。タクシーの台数が少ないということもありません。極端な話、ロマンの町を走っている車の半分がタクシーに感じる日もあります。本当に不思議でなりません。
2005年10月 7日

ぶどうを寝かせる樽へ

ぶどうを摘んできて潰す樽から、寝かせる樽に、一人でコツコツと黙々と移し替えました。今年は作る量が少ないのでそれほど大変でもありませんでした。今年は、250リットルの樽が一杯になりませんでしたので、200リットルくらいです。

じっくり春まで寝かせて、それから頂こうと思っています。でも、クリスマスあたりについつい飲んでしまいそうな気がします。
2005年10月 8日

冬の保存食つくりも終わり

昨日、ワインを最終の樽へ移し替えましたので、これで今年の保存食つくりは終了です。

ゴゴネリ(トマトの青いやつ)、ゴゴシャリ(ピーマン)、カストラベーテ(きゅうり)、も漬けましたし、ザルザバット(※)もつくりましたし、もう十分な量の保存食があります。家族5人では食べきれないくらいの量です。

今年は、いっぱい作ったので、これから出回ってくるキャベツは、購入しないことにしました。キャベツは漬けません。それと、キノコも持っておきたいところですが、今年はキノコ取りに行っていません。時間がありません。今年は、雨が多かったせいで、キノコが多く出回っています。ピアッツァ(の横)で購入しようと思っています。キノコは、茹でてそのまま冷凍保存です。

あと、この時期、私は不思議な光景を見ています。みんなスイカを大量に購入しているのです。何故かなと思っていました。夏も終わって、朝晩は涼しいけど、昼間、ちょっと暖かくなった時に最後のスイカを食べるのかな、などと考えていました。今日、妻にその話をして、なぞが解けました。

スイカも冬の保存食用に漬けるのです。ゴゴネリと同じように漬けるのだと妻が話していました。「今年は、漬けてみる?」みたいな話をしましたので、丁寧に断りました。でも、漬けてみて食べてみたい気は半分あります。(おえ~っ。)

まだまだ不思議が一杯のルーマニアです。こういうのがあるから、やめられないです。

(※)ザルザバット・・・野菜を細かくみじん切りにしそれを発酵させないようにして、ビン詰めにしたもの。トマト、にんじん、ゴゴシャリ、青物の葉、その他いろいろ入っています。
2005年10月 9日

冬のルーマニア

これから冬になると日照時間が極端に短くなってきます。観光には厳しい季節になります。朝は9時くらいに日が昇り、午後3時半ころには暗くなってきます。不思議と、そろそろ夕食でも食べようか? もうシャワーする? などそんな気持ちになってしまいます。

こんな時には、恋人や配偶者の方と、ゆっくり語り合うのも良いのでは、と最近は思っています。なが~い夜を楽しんでみてはいかがでしょうか。

人恋しい時期でもありますしね。一緒に寄り添って居たいですよね。

この時期は、ルーマニアまでのチケットが一番安くなるときです。一緒に居たいと願っている恋人のためにも、ルーマニアに行ってみてはいかがですか?

探せば相当安いチケットも見つかります。日本最大級  たびジョイ海外格安航空券  
2005年10月10日

ロマンの動物園

ロマンにも動物園があります。こんな小さな町にと思いますが、あるんです。

熊、狼、ダチョウ、ロバ、鳥からネズミまでいろいろといます。ピアトラニャムツにある動物園の3倍くらいの規模です。子供たちを連れいていくには、丁度良い広さです。

週末になると「ウルス、ウルス(熊)」と騒いでいます。そのためか、ここ最近は、テレビのチャンネルが「アニマル プラネット」(動物だけの番組)になっています。
2005年10月11日

将来の夢(職業)

長男「ドクトル(医者)」
次男「アンバサドル(大使)」
三男「ポリツィア(警察)」

将来、今のこの気持ちを大事にしてもらいたいです。
2005年10月12日

運転免許証 切り替え

ニャムツの警察署へ再、再、再、再度、切り替えが出来るのか聞きに行ってきました。今回は、ブカレストで切り替えが出来ることを確認し裏づけを取りました。もし、ピアトラニャムツの警察署で切り替え出来ないと言われたら、その旨の所長印をもらってくれば、ブカレストでしてもらえるというところまで話をしてあります。

はじめに切り替えが出来るか聞いたところ、「切り替え出来ません」ときっぱりと言われました。こうなることは予想していましたので、「では、切り替えが出来ないという書類を作ってください。それをもってブカレストに行きます」と話したところ、「あなたは日本人? 出来るよ。出来るよ。」みたいにコロッと態度が変わりました。

「どうせここに書類を持ってきてもブカレストに書類を送るから、直接ブカレストに行きますよ。」というような話をしたら、ここピアトラニャムツに申請して欲しいということになりました。必要書類の書いた紙をもらい丁寧に説明してもらいました。今までは、出来ないと言っていて、賄賂をもらおうとしていたのかなとも思いました。

今回、道が開けてきましたので、切り替えします。詳細は、後日報告します。
2005年10月13日

O-zone(オゾン)がかわいそう

以前[2003年11月2日]に長男がO-zoneの「DRAGOSTEA DIN TEI」に、はまっているという話をしました。もう2年前の話です。(2003年3月8日にも紹介しています。)

何でも今、日本ではこのO-zoneが流行っているではないですか。というよりも問題になっているではないですか。MステーションのO-zoneが出演したところも見ましたし、フラッシュも見ましたし、2チャンネルも見ました。

O-zoneの「DRAGOSTEA DIN TEI」(日本語タイトル:恋のマイアヒ)は、ヨーロッパで大ヒットした曲です。その歌手を日本に呼んで紹介するとなぜこういう形になってしまうのでしょう。少なくとも、もう少し敬意を表しても良いのではないでしょうか。 O-zoneの「DRAGOSTEA DIN TEI」のプロモーションビデオもあります。このプロモーションビデオを、日本で見たことある方はいらっしゃるのですかね?これはこれで完成度が高く面白いと思うのですが・・・。

空耳の「飲ま、飲ま、イエイ」というのは、ネットの一部の人たちでの密かな楽しみでもあった訳で、それを表に出してくるのもどうかなと思います。 O-zoneとは、まったく別の物と私は思っていました。

音楽業界というのは、著作権にものすごく厳しいと認識していました。その影響で日本の音楽CDのレンタルの問題があったりしたわけで、そんな音楽業界の人がそれも一個人としてではなく、組織的にパクルというのは、会社自体の品位を疑ってしまいます。

『結局、私が言いたいのは、[O-zone]は[O-zone]として完成された曲を持っているということです。ルーマニア語で恋の歌を歌っているということです。ここに敬意を表するのなら、日本での紹介の仕方は違っていたのではないでしょうかということです。』

空耳のフラッシュは、個人でどうぞ楽しんでください。そう聞こえて楽しめるキャラクターがフラッシュとしてあるのは、もし問題があるのならO-zoneの関係者が訴えます。でも、パクッてキャラクターをつくり、それを金儲けにしようとするのは、これは会社として恥ずべき行為です。

一連の騒動がまだ治まっていませんが、どうしてもO-zoneがかわいそうでここに書いてみました。
O-zoneファン 父、息子3人より
2005年10月14日

寒い

朝から風が強く吹いています。外に出ると、もう冬の様子です。頭が痛くなるような寒さです。今日の夜は雪が降りそうな気配です。
2005年10月15日

洋服を買うと

ルーマニアの洋服、それほど良い仕上げにはなっていません。でも、着る物が無いのは困るので、シャツやセーターは季節ごとに購入しています。ジャンパーも1年に1着くらい購入しています。

毎度、毎度、困ったことがあります。それは、袖がいつも長いのです。体に丁度良いセーターを買うと、袖が長いのでまくらなければなりません。どの洋服も袖が長く出来ているので困ってしまいます。ルーマニア人、腕が長いのでしょうね。私だけ腕が短いのでしょうか。

大体、5cmくらい袖が長いです。体格の違いなのでしょう。シャツなどは、まくっても良いのですが、ジャンパーなどまくるわけにいきませんので、腕にぴったり来るように留め金を加工したりしています。太い、細いは、調整が出来ますが、腕の長さだけは調整出来ません。
2005年10月17日

握手

ルーマニアでは、男性同士が挨拶をする時には、必ず握手します。道端で出会ったときでも、家に訪問したときでも、家に帰るときでも、「こんにちは」と言って握手します。なかなか友好的で良いと思います。

私は、いろいろな手の人がいて、いろいろな握手の仕方があるのだと、こちらに来て思いました。やわらかい手の人、かさかさの手の人、手に力が無い人、思いっきり握ってくる人、指先だけの握手の人、などなど。

私は、握手をする時には、ある程度、力を入れて握り返します。しっかりとした握手が好きです。握手をすると、とても親近感がわきます。すばらしい習慣だと思います。

女性とは、握手して挨拶しませんが、女性のほうから手を出してくる時には、握手します。海外に行ったことのある女性は、握手して挨拶する方が多いように思います。
2005年10月18日

洗車

今日は、朝から暖かかったです。今年、最後になるであろう手洗いの洗車をしてしまいました。

こちらでは、あまり良いワックスがないので、私は日本からワックスを持ってきて使っています。 (最近はワックス自体を探していないので分かりませんが、今は多分あると思います。) 天然カルバナロウ配合のなんとかかんとかと書いてあるやつです。丁度良い気候だったので、ワックスの伸びもよく、ふき取りもきれいに仕上がりました。車がきれいになったので気分良いです。
2005年10月22日

ルーマニアに住むときに考えること・・・ドルとレイと物価と今後の展望

私がルーマニアに来たときは、1ドルが20,000レイでした。それが1ドル=23,000レイになり、28,000レイになり、最もレイが安くなったときには1ドル=33,500レイになりました。今は、1ドル=29,500レイくらいです。実際はデノミをしましたので1ドル=2.95レイになります。

初めてレイを使ったときには、
「こんなお金は何の価値も無いじゃん。ドルで払った方が受け取るほうも嬉しいんじゃないの。」と思っていました。今日のレイは明日になると価値が徐々に無くなっていくのですから。でも、ルーマニアではレイが流通しています。支払いは、レイしか受け取ってくれません。なんだかおかしいなとは思っていました。

5年前にアパートを購入しました。2部屋+キッチン、バス付きで4,000ドルでした。町の中心の良いところでした。購入する際に、ドルでの支払いを希望したところ、レイで受け取りたいということでした。私は、日々レイの価値が下がっているからドルの方が良いですよと話そうかと思いましたが、受け取るほうがそれで良いというのだからそうしました。(ならアパートの価格をドル表示にするなよと思いましたが・・・。)

当時は1ドル=20,000レイでしたので、4,000ドルをレイに両替すると80,000,000レイ(八千万レイ)になります。最高額の紙幣が50,000レイでしたので、50,000レイ札が1,600枚になります。もちろん財布になど入る量ではありません。ちょっとしたバックに入れて渡します。確認のために数えるのも一苦労です。

その後、徐々にレイの価値が下がり、物価は相当上昇しましたので、レイで持っていたこの方はどうなったのだろうかと時々思います。ちなみに80,000,000レイを今のドルの相場で考えますと2,712ドルになります。タンスに預金していて、今ドルに替えたら、このくらいになります。もし、売ったお金を直ぐに銀行に預けていたらと考えますと、年利20%として計算しますと、5年の複利で約200,000,000レイになります。6,780ドルです。

今、このアパートを売ると20,000ドルです。(590,000,000レイ、5億9千万レイ) 5年で4,000ドルのアパートが20,000ドルになったということは、価格上昇率は、年40%弱ということになります。

では、これからのルーマニアへの展望ですが、銀行のレイへの預金金利が8%です。ドルは3%です。(確実ではありません、日々レートが変わります。)ドル-レイの相場ですが、1ドル=29,500レイで落ち着いています。アパートなどの建物の相場ですが、一部の人気のあるところを除いて、1年前と比べてほとんど変わっていません。土地ですが、これは上昇しています。5年前は、土地自体に価値はないような感じでした。

これからルーマニアに来て投資するなら、あなたならどうしますか。という質問の仕方より、こういう質問の仕方にすると実際にどうすれば良いか考えられると思います。「ルーマニアに来て、自分の資産をどうやって管理していきますか。」

日本円を持っていますか、ドルで持っていますか、ユーロや他の通貨で持っていますか、それを銀行に預金しておきますか、現金ではなく土地や建物を購入しておきますか、または株やその他の投資先に投資しておきますか、あなたならどうしますか。

例えば、1万円を日本円で持っていたとします。ルーマニアでは年々物価がものすごい勢いで上昇しています。ということは、今日、1万円をレイに両替して買えていたものが、1ヵ月後には間違いなく買えなくなるということです。日本で1万円の価値は変わりませんが、ルーマニアでは1万円の価値はだんだん低くなっていきます。これ分かりますかね。実感出来ますでしょうか。

ルーマニアに長期滞在で来る方、よ~く考えてみてください。
2005年10月23日

運転免許証

今日も、朝、雨が降っていたので子供たちを幼稚園まで送っていきました。

よく考えると、妻も車の運転免許証を持っているのです。なぜ、毎日私の運転で子供たちを幼稚園に送っていくのでしょう。妻が車を運転していけば、私は家で待っていることが出来ます。今日、運転しながら思いました。

妻に聞いてみたら、今の車は運転しにくいとか、後ろの窓に黒のフィルムが張ってあるのでバック出来ないとか、新しい車を買ってくれれば行くとか、なんだか分からない理由を言っています。妻用にもう一台「DEWOOのMATIZ」でも買おうかと思わず考えてしまいました。
2005年10月24日

長男が幼稚園に行かない

毎日、朝になると泣いて行きたがりません。どうも様子がおかしいので、詳しく長男に聞いてみると、先生が怖いみたいな話をします。二人の先生がいて、一人は優しいけれど、もう一人が怖いと言います。

今週は優しい先生が午前中の担当なので、8時から12時までにして、12時に迎えに行くようにしました。なんとかなだめて行かせましたが、これからずっとこの状態では仕方がないので、いろいろな人に聞いてみました。怖い先生の名前を話すと、誰もが顔をしかめます。やはり先生自体に問題があるみたいです。ぜんぜん良くないみたいです。

この際ですので、思いきって幼稚園を替えることにしました。早速一番良いと、聞いた人の多くが言う幼稚園に見学に行ってきました。

さすがです。きれいですし、先生も良さそうです。何より、子供たちが伸び伸びとしています。へんに萎縮していません。直ぐに入園出来るか聞いて、出来るということなので手続きしました。

妻は、「本当に大丈夫?」と私に聞いてきます。私は「今は分からない、でも長男の毎日泣いている姿を見なくなる可能性のほうが高いんじゃない」と言いました。こればっかりは、入園してみないと分かりません。今の幼稚園がダメなので、次に替えたほうが良いのは分かっています。

家からは、子供が歩いていくにはちょっと遠い所になります。毎日、車での送り迎えが必要になります。今までもほとんど毎日送り迎えをしていたので、なんでもないと言えばなんでもないです。しばらくは環境の変化で大変ですが、長男の様子をしっかり見て考えていこうと思います。
2005年10月27日

また寒い

朝から風が強く吹き、木々の葉っぱも相当数落ちました。本当に冬がやってきてしまいました。
2005年10月28日

自家製ワイン

毎日、飲んじゃってます。

飲まないつもりだったのですが、ついつい2杯くらい、妻も飲みますので、グラスに4杯位ずつ飲んでいます。まだまだありますが、今年は作る量が少なかったので、クリスマスには無くなってしまいそうな予感です。
2005年10月29日

冬時間

今日から夏時間から通常の時間に戻りました。日本との時差7時間です。日本の昼の12時がルーマニアの朝5時になります。

今日は、朝起きて直ぐに家の時間を全て変更しました。 8時30分ころに時計を変更したので、7時30分にしました。1時間違うと随分違うように感じます。 1日25時間ある日は、ちょっと得した気分です。
2005年10月30日

運転免許証の切り替え2

運転免許証の切り替えが出来ると聞いたので、最近は書類集めにいろいろなところに行っていました。書類の詳細は、「情報を知る」の「車、・・・、運転免許証の切り替え」に載せてあります。

今日、書類が揃ったのでピアトラニャムツまで申請に行ってきました。いくつか質問をされました。
「ルーマニア語、話せる?」
「はい」と答えると、免許証のことについて何点か。それと、最後に「これ以外に免許証は持っているの?」と聞かれました。私の答えはもちろん「Nu」です。

これで、何事も無く受領されました。されましたが、「あなたはルーマニア入国から90日以内に免許証を切り替えていないので、TAXが掛かる」と最後の最後で言われました。

私は、ブカレストの状況などから免許証を切り替えたいと何度もピアトラニャムツの警察まで行って確認をしてきました。切り替えないといけないみたいだから、切り替えてくださいと3回はお願いに行きました。その度に、「個人の方は切り替えできません」と断られてきました。今日のTAXが掛かると言われた時点で思わず切れそうになりました。思いっきり言いたいことを言って、帰ってこようかと思いました。何度も何度も切り替えしたいとお願いに行ったのに、今更90日以内に免許証の・・・・。

「TAXいくらですか?」と聞くと、
「350,000Lei(約1,400円)」と言われました。
私は、「はい、わかりました」と答えてしまいました。ここで喧嘩しても何も得るものがないと瞬時に判断しました。くやしいですが、10年有効の免許証は、すご~く欲しいです。 350,000leiは、勉強代だと思えば安いものです。

帰り際に、ここのニャムツの警察は何も分かっていないという確実な出来事が・・・。
申請した担当者の後ろにいたちょっと年配の警察官の方から質問を受けました。

(警)「今日は、何で来たの?」
(私)「日本の運転免許証をルーマニアの免許証に書き換えのためにです。」
(警)「書き換えできるの?」
(私)「出来るみたいです。」
(警)「必要書類教えて?」
(私)「この紙に書いてあります。」
(警)「この紙、参考にするからちょうだい。」
(私)「いいですよ、どうぞ。」


警察官と私の言うことが逆のように感じると思います。私のほうが、必要書類を教えて欲しいのに、逆に必要書類の書いた紙を渡すことになるとは、思ってもみませんでした。
「ルーマニアに住んでいる日本人で、免許証の書き換えをしていないのは、私だけです。」
といやみを言ってしまいました。言わずにはいられませんでした。

これでとりあえずは申請できました。特に難しい書類というのは、ありません。でも相当な時間を要するものもあります。それもやり方次第です。ルーマニアの運転免許証が出来るまで待つとしましょう。
ルーマニアの運転免許証が出来るまでは、国際運転免許証で運転することになります。日本の本物の運転免許証も提出してしまいました。なんとなく、不安ではあります。

申請したところでは、ルーマニアの免許証が出来るまでは、車の運転出来ません。と言われました。でも、運転しますよ。誰も良く分かっていないニャムツ県内は、ぜんぜん問題ありません。
2005年11月 2日

妻のパスポート

2005年5月10日にパスポートの申請をしました。この[生活する]にも書いてあります。今、再度読みかえして見ました。

あれから6ヶ月になろうとしています。毎月、毎月、パスポートが出来たのか聞きに行っていました。 10月のはじめの時点では、パスポートは出来ていませんでした。今日、やっとパスポートが出来上がりました。

どうなってんの???

通常の申請で、6ヶ月待ちですか。(他の県は3週間で出来ます。)これには、ビックリしてしまいました。

さらに、ビックリがあります。パスポートの出来上がりの日付を見ると、「2005年5月26日」になっています。申請して2週間でパスポートは出来ていたことになります。

どうなってんの???!

今までの5ヶ月間は、このパスポートはどこにあったのでしょう。追求してみたい気持ちはあります。しようか、しないか、現在迷っています。
2005年11月 4日

塩の採掘場へ

子供たちを連れて、塩の採掘場を見学に行ってきました。トゥルグ オクナ(Targu Ocna)という所です。ロマンから車で110KMほどになります。 [ロマン-バカウ-オネシュティ-トゥルグ オクナ]という道で行きました。

塩の採掘場への見学は、指定のバスでしか入れません。車を駐車場に止めます。入場料を大人1人13RONを支払います。ここは正確には、塩の採掘場跡を見学できます。実際の採掘場は、この見学するところからさらに下に行ったところにあります。

指定のバスに乗り込み採掘場跡に向かいます。時間が12時ころだったので、私たち5人と、もう一グループの5人しかいません。ぐるぐるとラセン状になっているトンネルを降りていきます。 3080mの看板があるところでバスが止まります。ここが入り口みたいです。

バスを降りると薄暗い照明の中を進みます。塩を採掘した跡だけに、だだっ広い空間が広がっています。1つの町が出来そうなくらい大きな空間になっています。中には、教会もあります。(多分ここがこの観光の目玉だと思います。)とても幻想的な教会です。

観光地化されていませんので、これだけと思うようなところですが、それが何ともいえない味をだしています。周りは、普通の塩の採掘場、工場の建物があるだけの殺風景なところです。こういう場所、私は好きです。ちょっと変わったところに行きたい方、お勧めします。地下へ行くスリルは、なかなかのモノです。私の子供たちは半べそかいていました。
2005年11月 5日

魔女の宅急便

子供が嵌っています。日本語のDVDは、こればっかり毎日見ています。土曜日、日曜日は1日中見ています。物語自体、面白いですし、映像もきれいです。
魔女の宅急便
ホウキで空を飛ぶなどありえないのですが、そこはアニメのいいところ、夢が広がります。優しく、楽しく、ちょっと涙が出そうな映画です。
2005年11月 6日

サッカー、アドリアン ムトゥ

オトペニ空港でサッカーの選手一行を見かけました。ルーマニアのジャージ姿ですので目立っていました。その中にムトゥもいました。
2005年11月10日

マリアンは男

マリアン(Marian)という名前、ルーマニアでは「男」につける名前です。マリアンの女性名は、マリアナ(Mariana)です。最後に「a」がつかないのは男の名前です。もちろん例外もあります。
2005年11月12日

秋から冬へのこの時期は

本当に人恋しい時期になります。
私と妻の恋愛していた時期、出会ったころを思い出すと胸がキューんと締め付けられる思いです。

毎日でも会いたいですし、毎日電話しますし、何を話していても楽しいですし、どこに行こうか考えるのも心がウキウキします。「今、起きた。」から「もう寝るよ。おやすみ。」まで、今の自分の状況を何でも話していました。

電話で話が出来ないときには、頭の中で「今度はいつ会えるかな。何ていうと喜ぶかな。」などなど、もう彼女(妻)の事、そればっかり考えていました。

当時は、恥ずかしいという気持ちは無かったです。今でも恥ずかしいということは無いです。(ここに書くのは、ちょっと恥ずかしさがあります。)

あの時にこういう気持ちでいられたからこそ、今の妻と私があるわけで、
あの時に違う気持ちがどちらかがあれば、今は、それぞれ違う道に行っていたわけで、
あの時の、全てのタイミングが良かったのだと思います。

人との出会いは、本当にタイミングが大事だと思います。時間と場所、お互いがひかれあって、そのとき、そこで会うことが出来ます。今、目の前にいる人を大事にしてくださいね。

私は、あまり恋愛について書いたことが無いのですが、なんとなく書きたい気持ちになりました。
2005年11月14日

ルーマニアコーヒー

なべに水と砂糖を入れ、沸騰させます。沸騰したら火を止め、そこに、細かいパウダー状のコーヒー豆を入れます。これで出来上がりです。簡単に言うとこういう作り方です。

なべからカップに移し変えます。カップの下にコーヒー豆が沈み、その上のところまでを飲みます。すごく濃いコーヒーです。でも、毎朝このコーヒーがないと、私は頭がすっきりとしないようになりました。

習慣とは、不思議なものです。
2005年11月18日

時差のある生活

日本で朝8時に出勤するとしますと、ルーマニアでは、夜中の1時です。まだ、寝ています。

日本で午後3時のお茶の時間が、ルーマニアの朝8時です。私の場合、子供たちを幼稚園に連れて行く時間です。

日本で夕方一杯お酒でも飲もうかと思う午後6時は、ルーマニアの午前11時です。洗濯物を干したり、掃除したり、している時間です。

日本で1日が終わり、ゆっくりする午後11時は、ルーマニアの午後4時です。子供たちを迎えに行く時間です。

日本とルーマニア、時差は7時間ですが、この7時間の時差は、いろいろなところで気にしながら私は生活しています。例えば、私たちが日本の実家と電話で連絡をとろうとしたときに、ルーマニアで朝は子供たちを送って行ったりしているので、急がしくて電話出来ません。子供たちが午後4時半に家に帰ってきて、直ぐに電話すると、日本時間の午後11時半です。このタイミングがギリギリ電話出来る時間です。

仕事でのメールのやり取りですが、これはルーマニアの朝しかありません。ルーマニア時間午前10時は、日本時間午後5時ですので、その時間以前にメールを送らないといけません。それも、ルーマニア時間午前5時~7時あたりが良い時間です。(日本時間午後12時~午後2時)それか、ルーマニア時間の夜にメールして、日本では朝一番に見てもらう形になります。

私は、いつもいつもルーマニア時間と日本時間を意識しながら生活しています。
2005年11月19日

立ち止まって見るとわかる事がある

ルーマニアにいて、どうすれば良いのか分からなくなることが時々あります。そんな時は、無理してルーマニアに居ようとせず、日本に帰って考えてみるのも一つの方法です。外からルーマニアでの自分の置かれている状況を見ることにより、簡単に解決してしまう問題もあります。悩み自体が小さな事に思える場合もあります。
2005年11月21日

ルール

最近私は、ルーマニアで納得いかないことがあると、それを理解しようと努力しています。今までは、それは絶対ダメみたいに受け入れられなかったのですが、今はなぜそうなるのかからじっくり考えています。最終的に考えた結果を理解しようとするのですが、それでも納得できないことがあります。そんなときには、「これはルーマニアのルールなのだ」と自分に言い聞かせるようにしています。こうすることによって、無理やり納得しています。野球とサッカーくらいルールが違うのが、日本とルーマニアなのだと思っています。

気候と風景は最高にすばらしいのですが、人と話すと「おまえら・・・、いいかげんにしろよ。」となる気持ちを、ルーマニアのルールと言うことで納得させています。
2005年11月22日

昼過ぎから、少し雪が降り始めました。そんなに降らないだろうと思っていましたが、夜7時に外に出てみると、約5cmほど積もっています。一面、真っ白の世界です。シーンとしています。

もう完全に冬です。遠くの方では、爆竹の音も聞こえています。もう、今年も残りわずかです。やり残すことの無いよう、考えて行動したいと思っています。
2005年11月24日

ソヤ

「ソヤ」という食べ物があります。乾燥したものが売っていて、お湯か水で戻して使います。スープに入れたりします。材料は、多分豆から出来てると思います。日本の物に当てはめると、「油揚げ」が一番近い気がします。

今回の「ソヤ」は、私の感で書いていますので全てが間違っている可能性もあります。その可能性大です。
2005年11月25日

ジングルベル

マーガリンのラーマ(RAMA)を買うとCDが付いてくると言う話を前にしました。今の時期にラーマを買うと「クリスマスオリジナルソング」としてクリスマスの曲が入ったCDが付いてきます。

この曲のなかで英語の「ジングルベル」の曲があります。私がこの曲を聞いているときになにげなく日本語の歌詞で歌ったら、それからはこの曲が流れるたびに「ジングルベルを歌って」と子供たちが言うようになりました。「ジングルベル ジングルベル 鈴が鳴る♪」と歌ってあげます。

子供たち、日本に興味があるのでしょうか。それとも日本語の歌が珍しいからでしょうか。あと1ヶ月は、毎日歌うことになりそうです。
2005年11月26日

12月はレイが強い

毎年12月になると海外からの出稼ぎ組みが帰ってきます。クリスマスと新年をルーマニアで過ごすためです。

この時期の為替は、レイが強いです。ドルやユーロを持って帰ってきて、電化製品やプレゼントなどを買うために、レイに両替するからです。10%くらいは、どこの両替所でも強気の値段を出します。それでもレイに交換しますので、さらに強気の値段がつきます。今年は、1ユーロ=3.6RONが1ユーロ=3.3RONくらいになると予想します。ドルでは、1ドル=3.1RONが1ドル=2.8RONくらいに予想します。

私は、12月に使う分のレイは、11月までに両替してしまいます。 12月は、両替しません。 12月の両替は、物騒ですし、わざわざ安く両替する必要もありません。毎年の傾向ですので、今年もこうなると予想しています。
2005年11月27日

モミの木購入

鉢植えのモミの木がありましたので、購入しました。高さ2mほどの形の良い物を選びました。

毎年毎年、切ったモミの木を買っていましたが、せっかく庭もあることですしこの際ですから根の付いたものをと思いました。春になったらそのまま庭に移植する予定です。
2005年12月 1日

一緒にいたい気持ち

私が妻と(結婚する前に)付き合っているとき、「いつも一緒にいたい、ずっとそばにいたい」と思っていました。仕事をしているときでも、いつでも頭のどこかで、「今、何しているかな。」という事を考えていました。毎日仕事が終わると、「今日は何をして、どこに行って」と電話で話していました。

このいつも一緒にいたいと思う先に結婚がありました。この一緒にいたいという気持ち、今でも変わっていません。

4年前からは、生活の場をルーマニアにしましたが、これで良かったと思っています。ルーマニアは、こういう「純」な気持ちをとても大事にしてくれる国だと思います。素直に感情を表現できます。
2005年12月 2日

爆竹

街中に爆竹の音が響くようになってきました。これを聞くと、もう今年も終わりだなと感じます。新年に向けてこれから何をしようかと考えています。
2005年12月 3日

家族滞在ビザの更新

毎年この時期になると憂鬱になります。それは「家族滞在ビザ」の更新があるからです。書類のコピーから保険、医者の証明書、銀行の預金残高証明書、税金、などなどいろいろな所に行かなければいけないからです。

もちろん今回も妻と一緒に行動して、事前の根回しをしていたので、1日で書類は揃いました。後は、書類を提出する時に写真を撮ってもらい、1ヵ月後にプラスチックの身分証明書を受け取ります。これだけの事ですが、とても面倒に感じます。

逆に考えると、私はこれだけでルーマニア国では管理されているということになります。出生証明書も戸籍謄本も住民票もここにはありませんので、唯一の身分証明書ということになります。もっと重要な事として考えなくてはいけないのですが、なぜか面倒で憂鬱になります。
2005年12月 5日

家族滞在ビザの更新2

今日、更新に行ってきました。来年1月に身分証明書の受け取りになります。これで今年の問題が一つ解決しました。
2005年12月 8日

クリスマスプレゼント

子供たちに「モシュクラチュン(サンタクロース)からプレゼントは何をもらいたい?」と聞きました。子供たちの答えは「カルキュラートル(パソコン)」です。

ハッ、も~う、おまえらは何歳なんだ、と聞きたい気持ちです。聞いた私が間違いだったのか、子供たちの返事が突拍子もないからなのか分かりませんが、聞いてしまったものは仕方がありません。今年のクラチュンは、ちょっと大変な予感がします。

もちろん、本物のパソコンをプレゼントするつもりはまったくありません。おもちゃで十分です。おもちゃ屋さんに行ってそれらしい物はないのか探してみました。さすがです。今年は、おもちゃのパソコンが沢山売っています。ノート型のパソコンもどきですが、それなりに良い物です。

私の気持ちの中では、「買うか、買わないか」で葛藤しています。あと1週間は、迷いの気持ちが続くでしょう。 1台なら直ぐに買うのですが、3台となると考えてしまいます。子供が3人いると、出費も3倍です。
2005年12月 9日

ペトルボダの修道院へ

ペトルボダ(Petru Voda)のマナステレに行ってきました。ロマンからは車で2時間のところです。 100KMあります。私が好きな場所の一つです。山間の中腹にあり、とても静かなところです。静かな場所で、歌声と鐘の音だけがしています。しっとりと落ち着けます。

来年も良い年でありますようにとお願いしてきました。「神様っているのかな」と、最近考えるようになってきました。心が洗われます。
2005年12月10日

日本からの電話

日本に居るルーマニア人の友人から電話が掛かってきました。しばらく近況などを話した後、日本人の友達が出来たからちょっと話してみてと日本人の方と替わりました。

日友「もしもし」
私 「もしもし、はじめまして、こんにちは」

日友「はじめまして、今はどこに居るのですか?」
私 「ロマンというところです。ニャムツ県です。」

日友「そうですか、日本語 上手ですね。」
私 「えっ、あ、ありがとうございます。」

日友「じゃあ、替わりますね。」
私 「はっ、・・・はい」

という内容でした。日本に居るルーマニア人は、私のことを何と紹介したのだろうと考えてしまいました。 (今の時点では、詳しい内容を聞くことが出来ませんでした。次回のときに聞いてみたいと思います。)

今でもおかしな会話をしてしまったと後悔しています。「ありがとう」と言わずに「私は日本人ですよ」と言えば良かったと思います。それにしても、私の日本語は、おかしいのでしょうか。日本人から日本語が上手と言われるとは、初めての経験です。

ルーマニア語の勉強以前に、日本語の勉強をしなければいけないのかなと考えている今日この頃です。
2005年12月12日

今日はメトロへ

今日はメトロへ行ってきました。クリスマスの直前になるとすごい人になるので、それを避けるために早めに行きました。

毎年、クリスマス前にメトロに行きますが、年々変わっています。何が変わっているかというと、子供のプレゼント用のおもちゃが豪華になっています。コンピュータあり、ラジコンカーあります。コンピュータなど、子供用にしてはもったいないくらいのものです。ラジコンカーなど、子供がその車に乗れるくらいの大きさです。

そんな高価なおもちゃを1台ではなく、3台4台と買っているのだから、景気は最高に良いと思います。私たちもそれなりに良い物を買ったのですが、それ以上に買っている人もいました。普段は無愛想なルーマニア人ですが、おもちゃを見ている顔だけは、目がキラキラ輝いているのが印象的でした。
2005年12月14日

イルミネーション

ブカレストは、道路の上にクリスマスのイルミネーションがあり、とてもきれいです。今の時期の夜のブカレストは、一番きれいで良いと思います。

最近は、ちょっと大きな町でも道路上にイルミネーションを点灯しています。外灯から外灯へワイヤーを渡し、そこへいくつもの電球を点けています。 20mくらいの間隔であるので、道路は昼間のような明るさです。遠くからその町を見ると、町が浮かび上がって見えますのでとても幻想的です。

あと、各家でもイルミネーションを点灯させています。マガジンなどは、以前からしていたのですが、今年は個人の家でもするようになってきました。屋根の樋に電球をぶら下げたり、窓枠にあわせてしていたりと各家のセンスでしています。夜の道を車で走っていても飽きさせません。

私の家は、今まで通り家の中にモミの木を持ってきて飾りつけをします。外にしないのは防犯上の理由が一番です。目立って狙われない事が一番重要だからです。それもあと何年かすると問題なく出来るようになっていると思います。年々、ルーマニアの町は明るくなっていると感じます。
2005年12月18日

運転免許証切り替え3

朝、電話でピアトラニャムツの免許証受付に確認すると出来ているということで、ルーマニアの運転免許証を受け取りに行ってきました。窓口には誰も並んでいなかったので、5分ほどで受け取りが出来ました。受け取り確認用の帳簿にサインをするだけでした。

嬉しい! でもちょっとだけ、いや、ほとんど嬉しいという気持ちは無い

ルーマニアに来てから4年間、ほぼ毎日車を運転してきました。切り替えの申請をしてからも、毎日車に乗っていました。ブカレストにも行きました。

もし捕まった場合は、話し合いとお金をプレゼント(賄賂とも言う)すれば良いと考えていました。でも、切り替え申請中も問題はありませんでした。当然です。私は、免許証を日本で取得したのですから、車の運転が出来ないわけがありません。

そんなわけで、朝も車を運転して受け取りに行きましたし、帰りも運転して帰ってきました。そんなもんです。日常生活に「ルーマニアの免許証がある」という事だけ付け加わっただけです。

スピード違反しても、何をしても、警察に止められた場合には話し合いをして、腹のうちを探らなければならないのは、今までと一緒です。ほとんど嬉しくないのは、こんなところからきていると思います。

今回、申請から受け取りまで1ヶ月と18日、掛かりました。免許証の発行日を見ると11月23日とあります。 11月3日に申請しましたので、免許証を作るまでには20日間しか掛かっていないのが分かります。後の1ヶ月弱の期間は、どこを行っていたのでしょう。疑問は残りますが、今回もそのままにすることにしましょう。

ルーマニアの運転免許証を持っている方へ
日本の運転免許証を在ル日本大使館から返却されると思いますが、その取り扱いには注意が必要です。詳しくは、こちらをご覧になってください。
ルーマニア運転免許証書き換え後の日本の運転免許証の取り扱い

2005年12月21日

私の家の防犯対策から見えてくるもの

私の家は、私が日本人ということもあり狙われていました。塀から覗き込んだり、飼っている犬を手なずけようとしたり、門をたたいて反応を見たり、子供を使ってチャイムを鳴らして反応をみたり、それはそれはいろいろな事をされました。

私たちは、少しずつですがそれの対策をしてきました。

塀を高くして外からは簡単には覗けないようにして、さらに有刺鉄線を張って中には来れないようにしました。家のドアや窓にも、鉄製の棒を入れて、窓ガラスを割られても入られないつくりにしました。

防犯のために飼っている犬も始めは1匹でしたが、今は3匹になっています。大型犬を飼いました。

万が一の事も考えて、家にはバットや斧なども用意してあります。スタンガンも常時備え付けてあります。

ロマンの警察とも何かと親しくしました。主要なポストにいる方とは、警察署で会ったり、家に呼んだりしてそれなりに情報交換しています。

これって当然の事だと思います。自分の身は自分で守るしか方法は無いのですから。安全は、お金を使ってでも買います。警察署内の情報も、お金を使ってでも欲しいです。

今では、ロマンの町にいる限りは、ほとんど危ないということがなくなりました。家の周りも静かですし、変な連中も寄ってこなくなりました。ここまでくるのに4年掛かりました。

現在、日本から米軍が撤退していっていますよね。それにあわせて、日本の自衛隊を軍隊にして、軍備を増強しようとしていますね。表向きは、米軍は撤退するとは言っていません。「在日米軍の兵力の再編」とか言葉を変えています。日本側も「自衛隊のあり方の見直し」などと言っています。でも、言葉は違うけれども方向性としては、同じだと思います。

そのためには、憲法改正をしたりしなければなりません。隣の国との仲をわざと悪くして、日本は攻撃されるかもしれないと、日本国民の感情をあおったりしています。このことからも、日本は間違いなく軍備増強の方向に行っています。

「自分の国は、自分で守る」という基本に戻った考え方になったのだと思われます。

これを危険な考え方とするか、当然のこととするのか、意見が分かれると思います。私は当然のことと考えます。しかし、このまま行くと心配なことがあります。それは、現在のテレビなどのメディアが、どこまで情報を操作しないで事実だけを報道できるかということです。

「情報」今は、ただだと思っている方も多いと思いますが、これからはお金で買う時代になります。確実な情報は、高くてもそれだけで価値があります。これを今のテレビなどに求めるのは、私は無理があると思います。今後は、インターネットで情報を買う時代になると思っています。極論を言えば、テレビの情報を信じたら、間違っている情報に踊らされるということです。
2005年12月22日

クリスマス準備

昨日、モミの木に飾り付けをしました。家の大掃除も完了していますし、子供たちのプレゼントも買ってありますし、あとはモシュクラチュン(サンタクロース)が来るのを待つばかりになりました。

子供たち、毎日のようにほしい物が変わります。「ロボット」「車」「コンピュータ」「人形」などなど、それはそれは好き勝手に言っています。

モシュクラチュンが来るのが嬉しいのではなく、その時のプレゼントが欲しいのです。判っているのは、さすがです。今年のモシュクラチュン、誰がするのかこれから決めなければいけません。私と妻以外の、誰かがすると面白そうです。
2005年12月23日

モシュクラチュンがやってきた

子供たちは大喜びです。幼稚園で覚えた歌を歌ったり、モシュクラチュンからの質問にもきちんと答えていました。

その後、プレゼントをもらうとそれぞれが自分の世界に入っていきました。嬉しいんでしょうね。目がキラキラと輝いています。

毎年、モシュクラチュンが来ていますが、今年は、誰も泣きませんでした。やっと周りの状況が判ってきたのだと思います。子供たち、大きくなりました。そんな子供たちの姿を見ていると、毎日の大騒ぎも忘れてしまいます。
2005年12月24日

クラチュンの挨拶

携帯電話が普及したおかげで、メール(SMS)や電話で「おめでとう」の挨拶をする人が多くなってきました。昨日、今日は、妻の携帯電話にメールが沢山きていました。電話も休みなく掛かってきました。

今までは、私の家に訪問してきていました。親戚、友達など、ひっきりなしに来ていたのですが、それが電話に変わってしまいました。時代の流れですね。ルーマニア全国、日本、イタリアなどから電話がきました。ロマンの町の近くの人とクラチュンは祝っていたのですが、世界が広がります。

来年あたりは、インターネットを使って、テレビ電話での挨拶になりそうな感じです。それほどの勢いがあります。
2005年12月25日

来年はどんな年にしたい

今年も1年間、サイトを見ていただいてありがとうございました。

来年は子供も大きくなりましたので、少し行動しようかと思っています。

その内容も忠実に、ここにアップしたいと思っています。

今の時代は、子供の成長を、写真、ビデオで撮り溜めますが、私はこのルーマニアの音(ノート)に書き溜めています。アナログ的でもあり、インターネットを使っているので進んでいるようにも思います。

ずっと続けますよ、  私と妻と子供たちの成長記録ですから。
2005年12月30日



ルーマニアの音 エントリー

  1. 来年はどんな年にしたい
  2. クラチュンの挨拶
  3. モシュクラチュンがやってきた
  4. クリスマス準備
  5. 私の家の防犯対策から見えてくるもの
  6. 運転免許証切り替え3
  7. イルミネーション
  8. 今日はメトロへ
  9. 日本からの電話
  10. ペトルボダの修道院へ
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